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ちいさいおうち/バージニア・リー・バートン

ちいさいおうち
文・絵:バージニア・リー・バートン

My評価★★★★★

訳:石井桃子
岩波書店(1981年3月改版)
ISBN4-00-115106-5 【Amazon
原題:THE LITTLE HOUSE(1942)


昔、のどかな田舎の丘に、小さくてかわいい家が建てられました。家は、孫やその孫の代まで建っているよう願われ、丈夫に造られました。
この家からは、周りの木々や草はら、川や池や畑、太陽や星や月がよく見渡せます。春の丘は、雛菊で真っ白になります。秋には木の葉が赤や黄色に染まり、木にはリンゴが実り、人々は畑の穫り入れで忙しくしています。冬になると、子どもたちはソリやスケートをして遊びます。

やがて馬車から自動車へと変わり、道路ができてトラックが行き交いします。時が経つとアパートメントが建ち、家の前を電車が通るようになり、高層ビルが建ち並びました。
時とともに、丘の様子はどんどん変わっていました。モノレールが走るビルとビルの狭間に、小さな家は取り残されたように建ち続けたのです。あるとき女の人がこの家を見つけ・・・。

********************

1943年、コールデコット賞受賞。
バージニア・リー・バートン(1909-1968)は、アメリカ・マサチューセッツ州生まれ。数々の名作絵本を描いています。バートンの代表作は、いまではアメリカ絵本の古典といえるかもしれません。この絵本も名作として知られるロングセラーで、心温まる作品です。

のどかな丘に建てられた小さな家。けれども時代ともに環境がどんどん変化していき、家だけが取り残されます。平野な丘はどこへ行ってしまったのでしょうか。
ゆったりとした生活とその時間は失われ、車や電車の騒音と無機質なコンクリートの谷間を、人々は慌しく行き交うのです。空気は濁り淀み、もはや青空は見えません。こうした発展は、人にとって本当に幸福なことなのでしょうか。

バートンは家の周囲の環境の変化を、明るい色彩を使って描いています。文字の読めない年齢でも、絵だけでも内容が伝わるようになっています。
こうした内容は、大人は理屈ぽく考えがちだと思うのですが、子どもはストレートにいろいろなことを感じとれ、想像を巡らすことができるのではないでしょうか。
大人が読んでも、素直な気持ちで感じることができると思います。誰もが一度はページをめくってほしい、そして忘れかけていた大切な何かを思い出してほしい。私たちにとって大切なものは何なのか、考えるキッカケを与えてくれる絵本だと思います。(2007/4/23)

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すきまのじかん/アンネ・エルボー

すきまのじかん
文・絵:アンネ・エルボー

My評価★★★★

訳:木本栄
ひくまの出版(2002年3月)
ISBN4-89317-265-4 【Amazon
原題:L'Heure Vide(2000)


太陽の時間と闇の時間の間に、灯りを点すほど暗くないけれど、本を読むには明るくない時刻。空にはまだ夕暮れの残照がほんのりと残っていて、やがて薄闇色の訪れを待っている時刻。あるのかないのかわからないような時間。それが「すきまの時間」。

昔は太陽の時間が終わるとすぐに闇の時間がやってきましたが、あるとき、どこからともなく「すきまの時間」が現われたのです。
すきまの時間は居場所を求めて太陽の王さまを訪れましたが、追い出されてしまいました。次に闇の女王さまを訪ねましたが、追い払われてしまいました。
その太陽の王さまと闇の女王さまは、仲が悪くていがみあってばかり。
そこですきまの時間は、太陽と闇の時間のわずかな間に、そっと忍び込みました。それ以外は木の幹の中や街燈の中に隠れてすごしました。

ある夕暮れ、鳥たちが「向こう側の時間」に美しいお姫様が住んでいると話していました。それを聞いたすきまの時間はお姫様に会いたくなり、アオサギに姿を変えて、向こう側の時間へと旅に出ます。
でも、向こう側の時間とはどこなのでしょう?

********************

昼と夜の狭間の、ぼんやりとした薄暮れ。昼でもなく夜でもなくて、時が止まったかのような、夢と現実のあわいに漂う静謐な時間。それがすきまの時間です。
この絵本は太陽と闇と、その間の時間を擬人化した絵本です。太陽の王さまは威厳がありそうだけど怒りっぽい。闇の女王さまはきつい性格でプライドが高そう。
あおいオーバーを着てピンでマフラーを留めたすきまの時間は、人が良さそうだけど、おとなしくて頼りなさそう。行き場所がないからか、所在なげな表情をしているような。

どこか無機的で、読む側との距離をとっているような印象がするのは、青灰色を基調としたり、彩度を抑えた色彩のせいでしょうか。また、どのページも消音しているかのようで、王さまと女王さまが争っている場面でも、音が感じられないんですよ。
色彩と消音されたような絵からは静けさが感じられ、そのためか絵と言葉がスーッと沁みこんでくるような。

例えば防音の効いたビルの中で、ガラス越しに往来する車や人々を眺めているとき。一枚のガラスによって、なぜかとても隔てられたような気がすることはありませんか?ガラス越しに眺めているとき、周囲から乖離してしまったように感じることはありませんか?
そんな現実なのに現実でないかのように感じる距離感と、静謐さのある絵本だと思います。現実世界から一歩引いたような奇妙な静けが、すきまの時間そのものなのかな。この距離感、嫌いじゃないです。ちょっと不可思議な感覚のある絵本でした。(2002/10/21)

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みかづきいちざのものがたり/アイリーン・ハース

みかづきいちざのものがたり
文・絵:アイリーン・ハース

My評価★★★★

訳:うちだりさこ
福音館書店(1998)
ISBN4-8340-0862-2 【Amazon
原題:THE LITTLE MOON THEATER(1981)


女の子のジョジョと犬のジップと猫のニコレットは、「みかづき一座」という旅の一座。ジョジョが楽器を鳴らして歌い、ジップとニコレットが芝居や踊りをやります。
ある村で、ローズという女の子がいました。片方を赤いソックス、もう片方は黄色いソックスをはきたいのに、お母さんに怒られて泣いていました。
みかづき一座ではローズを芝居に出しました。演題は『かしこいおうじ』です。

またある村では、ヘビを好きな男の子がいました。
でもみんなはヘビを恐がって、男の子を仲間はずれにします。ジョジョたちは男の子を『ジャングルのヒーロー』という芝居に出しました。

秋の夕暮れにみかづき一座は、丘の上で吠えている犬に会いました。犬は月が欲しくてたまらなかったのです。その晩の芝居は『つきにこいしたいぬ』でした。
そうしてみかづき一座が芝居で願いをかなえてやったあとに、羽のある小さな魔女がやってきました。おばあさん魔女の羽はとても弱っていましたが、あとひとつ願いをかなえれば休むことができるのだそうです。でもその願いをみかづき一座がかなえてやってしまったので、魔女は次の願いを探すために飛んでいきました。やがてバイオリンを弾くジョジョの指はかじかみ、ダンスをするジップとニコレットの上に雪の降る冬がやってきました。

********************

アイリーン・ハースの15冊目の絵本とのこと。ミルク・ホワイトの紙が彼女のどこかしら懐かしい絵にピッタリ。
ハースの絵は独特で、カチッとした線ではなくおだやかな丸みを帯びた線。提灯や柄つきの番傘、着物に舞扇などの東洋趣味と、南国の植物が多色で描かれています。本来であれば多色を使うとどきつくなりそうなところですが、ハースはレトロともいえる色彩で描いているのです。多色ながら落ち着いた色彩感は、ハース独特のもの。

また、どの場面も常に動的に描かれているので楽しさがあります。
人は人としての大きさで、ネズミとその家もテーブルもジョッキも、ウサギとボートも実物の大きさで描かれています。彼らは服を着て人間のように行動しますが、決して人間並みの大きさに誇張されていないのです。

この絵本の文章を読んでみると、改めて彼女の視点がよくわかるような気がしました。
左右色違いのソックスをはきたい女の子、月が欲しい犬、ヘビを飼いたい男の子。大人からは「そんなことはダメ!」と言われそうなことばかり。
でも、ダメとか変だとか言う理由はどこにあるのかな?それは大人の都合なのでは。当人たちにとってはちっとも変なことではないのだから。
本当は誰もが心の底でやってみたいことを、ハースはいとも軽々と描きだしてくれるのです。(2001/3/27)

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