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歌物語 オーカッサンとニコレット/作者不詳

歌物語 オーカッサンとニコレット
作者不詳

My評価★★★☆

訳・解説:川本茂雄
岩波文庫(1952年2月)
ISBN4-00-325721-9 【Amazon
原題:Aucassin ef Nicolette(13世紀頃)


南フランス、ボーケールの城主ガランの一人息子オーカッサンが、家老の養女ニコレットに恋をした。けれども麗しのニコレットは、カタルヘナの回教徒(サラセン)から買い取ってきた奴隷。洗礼を施した家老の養女とはいえ、城主の嫁にはまかりならん。
城主の父親は二人の仲を裂くため、家老にいいつけてニコレットを一室に閉じ込めさせる。そしてオーカッサンを地下牢に閉じ込めてしまう。
ニコレットは脱出し、森に潜んでオーカッサンが来るのを待つ、そして二人は手を取り合って領地から逃れ、船に乗りトールロールの城の港へ辿り着た。そこで二人は幸せに数年を過ごす。
しかし城が回教徒に襲われたことと嵐のため、二人は離れ離れになってしまう。カタルヘナへ連れて行かれたニコレットはそこで自分の出自を知るが、オーカッサンを捜し求めて旅に出る。

********************

解説によれば、12世紀末か13世紀初頭に、北部フランスで書かれたものらしい。原本はパリ国立図書館所蔵のフランス語写本に収録されており、楽譜付き。日本では大正12年に、翻訳本が出版されたことがあるのだそうだ。
作者は不詳、おそらく旅芸人、貴族、町人と意見は分かれているという。私は貴族ではないと思うな。恋愛を前にしては騎士道の価値はなく、騎士道が茶化されているように思われることと、オーカッサンが森で出会った牛飼いに対する同情が、貴族的な感情のようには思われないから。
全体に庶民的な感覚が感じられるし、宮廷向けの物語ではないんじゃないないのかなあ、と思うのだけれど。それに、洗礼したとはいえ異教徒のニコレットへの感情は、貴族なら城主ガランのような態度が一般的ではないかなぁ。

本書を、物語でも舞台劇でもなく、舞台装置を必要としない一人芝居ではないか、と考える研究者もいるという。また、北部フランスで演劇が大発展するのは13世紀からなので、それに関連付けて考えたい研究者もいるそうだ。訳者は、一人の演技者により語られ、歌われ、演じられたものと解釈している。
韻文と散文が交互に書かれており、散文には地の文とセリフがあり、セリフには独白と対話がある。。本作の韻文部分はストーリーそのもので、これがなければ物語が成り立たない。翻訳ではあるが、散文だけを見れば、現代の物語の文と同じ構成になっているように思われる。

物語は民族の異なる男女の冒険ロマンス。ファンタジーですな。現代のファンタジーとそう変わらないと思う。
主役はニコレット。障害や冒険など、幾度もの艱難辛苦を機転と勇気で乗り越え、遂に幸せを掴むまで。完全にロマンス物語、あるいは冒険ファンタジーだ。
私としては「恋愛物語」ということが重要な点。『十二の恋の物語』にも書いたけど、12世紀になってフランス文学では恋愛に文学的な価値が認められた。それが13世紀になり、本作のような恋愛が主題となった作品が登場する。こうした変化は何を意味しているのだろう?
内容はこの翻訳に関する限り、完全にエンターテインメントだ。文体やその形態、素材などは現代とは異なるけれど、内容は正に現代のロマンス主体のエンターテインメント、あるいはファンタジー。宗教的説教くささや騎士道云々がないから、余計にそう思う。このような物語が13世紀にあったということが、とても興味深い。(2007/8/29)

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十二の恋の物語/マリー・ド・フランス

十二の恋の物語 マリー・ド・フランスのレー
マリー・ド・フランス

My評価★★★☆

訳・解説:月村辰雄
岩波文庫(1988年7月)
ISBN4-00-325821-5 【Amazon
原題:Lais(1160年以降)

目次:プロローグ/ギジュマール/エキタン/とねりこ/狼男/ランヴァル/二人の恋人/ヨネック/夜鳴き鳥/ミロン/不幸な男/すいかずら/エリデュック/訳注/マリー・ド・フランスの『レー』と恋愛の成立(月村辰雄)/参考地図


ギジュマール
ブルターニュの騎士ギジュマールは武勲を求めた先のフランドルで、白い牡鹿に遭遇。矢を射るが、その矢で自分も深手を負ってしまう。牡鹿から、傷を治せるのは彼と恋し合い、苦しみと悲しみを耐える女だけ、という呪いをかけられる。
港に出たギジュマールは、一艘の無人の船に乗りこみ、見知らぬ土地へ辿り着く。そこには嫉妬深い老いた領主によって、城に閉じ込められた若く美しい奥方がいた。

ランヴァル
アーサー王の騎士で武勲も人徳も美貌もあったがなぜか思し召しにあずからず、財貨を使い果たして不遇をかこっていたランヴァル。彼は小川で姫君に招かれる。二人は愛し合うが、もしも二人の恋を人に洩らしたら、二度と会うことはできないと忠告される。
ランヴァルにふられた王妃は腹いせに、彼に求められたのを拒否しため侮辱されたと王に訴えたからだ。怒った王は法廷で、彼を火あぶりか縛り首にしてやろうとする。ランヴァルが助かるためには、彼の恋人が本当に優れているのを証明すること、つまり彼の恋人が法廷に現れるしかない。

ヨネック
年老いた領主が美貌の若い妻を娶り、その美しさを人目に晒すまいと塔に閉じ込める。大鷹は奥方の嘆き悲しむ姿を見て窓越しに近寄るが、実は大鷹とは仮の姿で、正体は立派な騎士で領主だった。騎士は大鷹の姿となって塔を訪れ、二人は愛し合うようになる。だが、そのことを知った領主が策を弄して大鷹が死に瀕するほどの傷を負わせる。
騎士は剣と指輪を奥方に渡しながら、いつの日か二人の息子がある聖人の祭りで一つの墓碑を見い出したとき、全ての経緯を語るようにと言い遺した。

ミロン
南ウェールズの騎士ミロンは、その武勲によって名を知られていた。彼はとある領主の娘と関係をもつ、二人の間に子どもが生まれた。
子どもはひっそりと産み落とされ、直ちにノーサンブリアへ連れて行かれ、そこで育てられることとなった。母親である娘は、彼女の父親よって、裕福な領主と結婚させられた。娘と連絡をとりたいミロンは、白鳥を利用する。

エリデュック
ギリデリュエックとギリアドンのレーブリターニュの騎士エリデュックは、周囲から妬まれて宮廷から追い出された。彼は妻ギリデリュエックを残し、インナグランドへ向かう。そこで彼は様々な活躍をし、王の寵愛を得る。
彼は妻帯していることを隠して、王女ギリアドンと恋仲になってしまう。やがて故郷の王が反省し、彼を呼び戻した。ギリアドンは彼の後を追い、船でブリターニュへ向かうのだが・・・。

********************

解説によると『レー』とは、原文は平韻rime plateの八音詩句で綴られているが、これこそは一一五〇年代に突如として流行し、その後、中世フランス語韻文物語のほぼすべてを支配することになる特徴的な形式なのである。(p290)というもので、2行で1単位とのこと。
マリー・ド・フランスは、フランス文学史上に初めて登場する女性作家という。フランスのマリーという女性は、12世紀後半にアンジュー家とプランタジネット帝国のヘンリー二世とアリエノール・ダキテーヌの宮廷に繋がりをもって活動したのではないか、と訳者は語っている。
フランスに生まれ、イギリスに渡り、フランス語を用いていた当時の支配層を対象として、作品を書いていたらしい。

彼女のレー(本書)の成立年代は1160年以降らしく、当時の国王に献呈された。おそらくはヘンリー2世とのこと。
原書は大英博物館所蔵の写本(ハーレイ旧蔵978番写本)に収められているという。ブルターニュやウェールズのケルト系の伝承を題材にして、恋愛を主題とした物語詩としてフランス語でリライトしたもので、元の伝承そのままではなく、マリー・ド・フランスによって改変されているのだそうだ。
「恋愛を主題」にしているところが最も重要な点で、それまでのフランス語文学では、女性と恋愛に表現するだけの価値を認めていなかったという。そこへ意識が向けられたのは『テーベ物語』(作者不詳,1150-1155年頃)と『エネアス物語』(作者不詳,1155年頃。渓水社から2000年に邦訳が刊行)の古代物語からなのだそうだ。マリーのレーはこれらに連なるという。

私が最も興味をひかれるのは、12世紀にこのような作品が現れたということ。12世紀にはとても興味を惹かれる。
例えばイタリア・ルネサンスの始まりを12世紀に見なす人もいる。またイタリアでは、コムーネ(自治都市)が台頭してきた時代でもある。十字軍などで東方文化が西欧にもたらされた時代でもあり、宗教熱が高まってきた時代。絵画や彫刻ではロマネスク美術が興っている。こうした社会的な発展やロマネスク美術の影響が、背景にあるのではないかと思うのだけれど。

これらの物語を簡単に言ってしまうと、中世のラプロマンス。中世の騎士と恋人が登場するファンタジーとも言えるかな。
ほとんどが不倫の物語。キリスト教的に言えば姦淫か。当時の結婚は自由恋愛ではなく、何らかの利害関係(解説によれば「契約」)によって成り立っているのと、離婚ができなかったのでこういう事態となるようだ。
本書を読むと、女性の立場は不利だったように思われるのだが、何らかの利害関係による契約ならば、果たして本当に女性が一方的に不利な立場だったのだろうか。『ミロン』において、二人が結婚できなかったのは、騎士ミロンが地位も財産もなかったからである。ランヴァルも同様だ。財産のない男は結婚できないのだ。
当時、家督を継ぐことのできるのは長男に限られるため、二男以降は武勲を立て、それによって仕官されるのを待つしかない。

『すいかずら』は、離れ離れになったトリスタンと王妃が密会するために、トネリコの木が二人の合図として使われるという短い物語。読みようによっては、どこか甘ったるく、作者が悲劇に浸っているような気がしなくもない。
『エリデュック』に登場する、賢妻ギリデリュエックなんかは特にそう感じる。ギリデリュエックは己の不幸と、それに対する自分の寛大さと懸命さに酔っているかのよう。作者もまた酔っているかのようだ。
『ギジュマール』『ランヴァル』『ヨネック』に顕著なのが、魔法じみた存在あるいは出来事だろう。『エリデュック』にも若干そんな場面がある。
共通するのは、水が異界を意味していることだろう。黄金の盥が、異界の泉水を象徴する妖精の標識だと初めて知った。ギジュマールの乗った船は妖精の船であり、ランヴァルが小川で出会った恋人は、妖精の姫君である。だが、ここでの妖精とは象徴にすぎない。
解説によれば、当時の人は人智の及ばぬ不思議な出来事を「運命」と考えていたという。運命の象徴として、魔法じみた存在や摩訶不思議な出来事が起こる。こうした考えから、13世紀の『薔薇物語』のような、アレゴリーになっていったのかなあ。(2007/8/22)

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最後の巨人/フランソワ・プラス

最後の巨人
フランソワ・プラス(絵・文)

My評価★★★★

訳:寺岡襄
プックローン出版(1995年12月)
ISBN4-89238-613-8 【Amazon
原題:Les Derniers Géants(1992)


好奇心から『巨人の歯』を購入した私アーチボルド・レオポルド・ルスモアは、インチキだと思っていたのに本物であることに気づいた。歯には文様があり、それが巨人族の国の地図であることを発見。1849年9月29日の朝、私は巨人族の国への探検に出発した。

東インド会社の貿易船に乗ってインド経由でビルマに入り、探検隊を組織して未踏の奥地へと進む。私は多大な犠牲をはらい、たった一人で巨人の国に辿り着いた。そして親切な巨人たちと暮らすことになった。巨人たち全身にはそれぞれ入れ墨みたいな模様でおおわれていた。その模様が周囲の環境、自然界の影響によって変化することに気づく。
ようよう故郷イギリスに戻った私は、巨人たちの生態を記した著作を発表する。バッシングを受けたが、やがて理解者が現れ探検の資金を得て、再び巨人の国へと向かう。しかし、そこで待っていたのは・・・。

********************

これは絵本です。フランソワ・プラスはイラストレーター及びシナリオ作家なのだそうで、本作が初めての自作絵本になるとか。絵本というよりも、イラスト付きの本という感じがします。文章では伝えきれないイメージが、水彩で鳥瞰的に描かれているような感じがします。
物語はアーチボルド・レオポルド・ルスモアの手記という形で語られます。巨人の国に辿りついたアーチボルドはそこで巨人たちと仲良く暮らした後、帰国して彼らのことを9巻もの著作にて世間へ公表しました。けれども、この著作が結果的に悲劇を生むんです。アーチボルド自身にはまったく悪気はなかったのですが・・・。

ここで起こる悲劇とは、異文化に遭遇したとき、歴史的に人類が繰り返してきた過ち。過ちとはいうものの、その正体は人間の「貪欲さ」であることを作者は暴いています。
また、巨人はたんなる異種族以上の存在として描かれています。巨人たちの模様が自然環境、つまりは自然界の森羅万象を映していて、このことが物語に深みと、現代的な意味を与えていると思うんです。この独創的なアイデアは、ガイア仮説の延長線上にあるようにも思えるんですけど。

本作はフランス文学者協会の1992年度児童文学大賞受賞作ということですが、子どもを対象とは限らず、大人が読んでも考えさせられる作品だと思います。そして、絵本という枠にとらわれない、文学的な深みをもった作品。特にアーチボルドの慙愧の念は、大人こそが理解しなければいけないことではないでしょうか。(2008/7/12)

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