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蛇、もっとも禍し/ピーター・トレメイン

[修道女フィデルマ]蛇、もっとも禍し
ピーター・トレメイン

My評価★★★★

訳:甲斐萬里江,解説(下巻):田中芳樹
創元推理文庫,上下巻(2009年11月)
上巻:ISBN978-4-488-21812-6 【Amazon
下巻:ISBN978-4-488-21813-3 【Amazon
原題:THE SUBTLE SERPENT(1996)

蛇、もっとも禍し(上)蛇、もっとも禍し(下)

7世紀アイルランドを舞台に、法廷弁護士で王妹のフィデルマが活躍するシリーズ長編第3弾。年代順では『幼き子らよ、我がもとへ』→『蛇、もっとも禍し』→『蜘蛛の巣』となる。

西部の半島にある小さな女子修道院<三つの泉の鮭>の井戸から、女性の首なし死体が発見された!死体の右腕には十字架、左腕にはオガム文字の刻まれた木片が結び付けられていた。犯人の探索と事件解明のため、フィデルマが派遣される。
フィデルマは海路、女子修道院に向かうが、途中で他国の大型商船に遭遇。船はなぜか無人だった。しかも血の痕が。
さらには、カンタベリーに行っているはずのサクソン人エイダルフ修道士のいた形跡があった。エイダルフと船員たちはどこへ消えたのか?

フィデルマは、女子修道院の院長ドレイガンと、この地方のボー・アーラ(地域の族長)アドナールが憎み合っていることを知る。高慢な院長と執事に手こずらされながらフィデルマ。やがてこの地に憎しみが渦まいていることを知る。
また、新王コグルー(フィデルマの兄)の治めるモアン王国を狙う、小族長の子息らが暗躍していた。フィデルマが死体の身元を明らかにできないでいる間に、第2の殺人が・・・。
犯人の目的と理由は?エイダルフの行方と、無人の船は何を意味しているのか?この地で何が起こっているのだろうか?

********************

首なし死体に無人の船と、いささかオカルティックな(というよりも伝奇小説的と言う方がふさわしいだろう)な出だしに加えて、半島を舞台にした人々の愛憎劇が繰り広げられる。
フィデルマの捜査を厄介にしているのが、本書ではケルト教会派といわれるアイルランド・キリスト教会派と、台頭してきたローマ・キリスト教会派との教義上の軋轢だろう。
殺人事件と無人船、そしてエイダルフがどう関わるのか、なかなか明かされないのでもどかしかったけれど、下巻で少しずつ解明されていく。やがて王国を揺るがす事態が白昼の下に!
なるほど、そう繋がるのかと納得。やはり伝奇小説的な感じが濃厚なのだが、今作はアイルランドという国の精神史、宗教の変遷がテーマだと思う。
そこにドレイガン院長とブローナッハ修道女という、性格がまったく異なり、宗教観も異なる女性を配している。この2人の存在が、物語にとても陰影を与えていると思う。

今作のフィデルマはこれまでより人間味があって、だいぶ親しみがもてた。例えばドレイガンとアドナールは、初対面時にうら若いフィデルマを小娘扱いして軽視する。特にアドナールは嘲笑までする。
フィデルマの身分が明かされたとき、彼女はアドナールの反応を見ずにはいられなかった。また、高慢なドレイガンを抑えるために身分的優位を見せつつ直後に反省したり、エイダルフへの感情など、フィデルマの完璧さが軽減されて親しみをもてた。
ドレイガンはフィデルマに対して正当性を主張するのだが、ドレイガンは自ら仕掛けた罠にはまってしまう。この論争の場面が、私にはいちばんの読みどころだった。

7、8世紀のアイルランドは、それまでのアイルランド・キリスト教会派に加えて、新興のローマ・キリスト教会派が台頭。アラン・G・トマスという人の著書によれば、当時、ヨーロッパがいわゆる暗黒の中世と呼ばれる中で、アイルランドは学問が繁栄し燃えるように輝いていたという。ヨーロッパの人々は、ギリシャ語を学ぶためにアイルランドへやってきたのだそうだ。
また、7、8世紀のアイルランドでは写字生を殺した者への刑罰は、司教を殺した場合とまったく同じなのだそうだ。
それは聖パトリック(アイルランドのケルト人をキリスト教に改宗させた人物。のちアイルランドの守護聖人となる)が優れた写字生だったことに関係しているのでないかという。(2010/3/18)

蜘蛛の巣
幼き子らよ、我がもとへ
修道女フィデルマの叡智
+蛇、もっとも禍し
修道女フィデルマの洞察
死をもちて赦されん

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