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イワン・イリッチの死/レフ・トルストイ

イワン・イリッチの死
トルストイ(レフ・トルストイ)

My評価★★★★

訳・解説:米川正夫
岩波文庫(1973年5月改版)
ISBN4-00-326193-3 【Amazon


45歳のイワン・イリッチは中央裁判所の判事の職にあり、仕事ができ、身だしなみも嗜みもあるので上流の人々の受けがよかった。彼は若い時分から、愉快に軽快に気持ちよく過ごすことを好み、妻のプラスコーヴィヤ・フョードロヴナとは仲睦まじく暮らしていた。結婚後一年ほどまでは。
いまでは妻が口やかましくて怒りっぽく、彼にとって家庭生活は不愉快なものでしかない。そのため仕事に生きがいを求めるようになった。

ある日イワン・イリッチは腹に痛みを感じた。名医と云われる医者に診てもらうが、原因がわからない。何人かの医者に診てもらっても同じことだった。痛みは次第に慢性化しきたので、彼は不機嫌になり癇癪を募らせる。
妻の態度は、自分は夫の療養に対して最善を尽くしている、悪いのは夫自身だと云わんばかり。婚約を控えている娘は、この時期に父親が病気したことに迷惑顔。
痛みが激しくなり、ついに彼は7寝たきりとなる。彼は原因や治療法を考え続けるが、それは死が近づいているという考えから、自らを逸らすためでしかなかった。
もう一度愉快で軽快な生活をしたいと希うのだが、これまで喜びと思われていたものが、すべて空しくつまらないものに思えてしまう。
なぜ苦しまなければならないのか?なぜ死ななければならないのか?自分の生き方は一体何だったのか     

********************

ロシアの文豪レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ(1828-1910)が、1884~1886年に発表あるいは執筆した中篇。出版社・訳者によってタイトルが『イワン・イリリチの死』や『イワン・イリイッチの死』となっていることもある。正解はどれだ?

地位がありそれなりに家庭を築いている中年の男が、ある日突然原因不明の病に襲われる。彼は死を悟るが、なんとか忌避しようとする。しかし、死は執拗に彼の肉体と精神を蝕む。死の恐怖と苦しみや、死期間際になって悟る孤独感が迫力。さすが文豪。
中篇という短い作品で、ストーリー的には単純でストレートではあるが、高い濃度とズシリとした重み、眼を反らさせない求心力で迫ってくる。
万人に避けようもなく訪れる死。そのとき、人は何を考えどうするのか。死をどう受け入れるのか。それは、そのときにならないとわからないし、人によって異なり、ましてや他人には絶対にわからない。永遠に答えの出ない問題だろう。

イワン・イリッチが死を間際にしてこれまでの生き方を振り返るように、死によって生が逆照射される。
私には彼の生き方を否定することはできない。なぜなら彼の生き方だけが特別だとは思えず、自分は彼とは違うと言い切れないからだ。しかし過去を振り返ったとき、自分の生き方が空しいものであったとは思いたくない。

イワン・イリッチのように仕事に精を出すのもいいだろうが、空席は他の誰かに取って代わられる。だが、家庭では彼の代わりとなる者はいない。しかし、本人が家族を愛していないのに、愛されることは望めないだろう。
プラスコーヴィヤ・フョードロヴナが夫に対して親身とならないのは、夫であるイワン・イリッチが、彼女を家庭生活の付属物としか見なしていないことが原因だろう。イワンは家庭というものを、世間並みの体裁を整えるための一スタイルとしか見なしていないのだと思う。(2005/4/14)

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ボリス・ゴドゥノフ/プーシキン

ボリス・ゴドゥノフ
プーシキン(アレクサンドル・プーシキン)

My評価★★★☆

訳・解説:佐々木彰
岩波文庫(1957年9月)
ISBN4-00-326045-7 【Amazon


16世紀末~17世紀初頭の動乱時代のロシア、ゴドゥノフ朝の覆滅を描いた戯曲。雷帝イワン4世(1530-1584)の没後、ボリス・ゴドゥノフ(1551-1605)が帝位に就いた。ゴドゥノフは帝位に就くため、イワン4世の子ドゥミトリイを暗殺したと云われている。
破戒僧の青年グリゴーリイは、自らを皇子ドゥミトリイと名乗った。貴族たちは僭称者と知りつつも、グリゴーリイを利用してポーランドなどの外国勢力と手を結び、ゴドゥノフ朝転覆を企む。僭称者はモスクワへ進軍し、士族や農民は彼を支援するが・・・。

********************

アレクサンドル・セルゲーエヴィチ・プーシキン(1799-1837)の1825年の作品。
解説によると、発表当時検閲をパスできなかったため、1831年まで出版できなかった。舞台で上演されたのは、さらに40年近くを経た1870年だという。ただ、当時の批評家や読者の多くには理解されなかったらしい。
史実ではイワン4世の子ドゥミトリイが暗殺されたのかどうか、真偽のほどは定かではない。だがその後、偽ドゥミトリイが現れ、貴族階級が偽者と知りつつも支援し、外国勢力と手を結んだ。そしてゴドゥノフは転覆し、偽ドゥミトリイが帝位に就いた。ここまでが本作の内容となっている。

貴族階級はゴドゥノフ朝が滅亡すると、グリゴーリイを僭称者として告発して陰謀によって殺害する。いわゆる口封じだろう。その後、商工業地区を背景とする貴族が帝位に就いたが、反発した士族階級が叛旗を翻し、貴族対士族の抗争となった。貴族と士族の反目は、皇帝ゴドゥノフと司令官バスマーノフの会話に表れている。
一連の動乱の背景として、訳者は16世紀中ごろから始まる貨幣経済の発達と商業資本主義の成長による、経済構造の変化を挙げている。経済構造の変化は、農民の搾取と農奴化の強化を伴ったため、社会的不満が増大したという。この辺りの事情は同時代の西欧と似たようなものだろう。また、日本では商業が発達した時代で、似たような経緯を変遷している。

この戯曲がなぜ検閲に引っ掛かったかというと、権力者と人民との関係を描いており、権力者と権力の欺瞞を批判しているからであろう。なによりも「世論」を扱っていることにあるのではないだろうか。
人民たちはボリス・ゴドゥノフの圧制に不満を抱いているが、彼らの不満はゴドゥノフだけに向けられているのではなく、権力そのものへと向かっている。その決定打がラストの一行にある。
解説によると、作者は当初は違うラストを用意していたが、現行のように書き改めたのだそうだ。このことを知るのと知らないのとでは、随分印象が異なってくると思う。なぜ書き直したのだろう、と考えるとそれまで漠然と感じていた作者の意図が、ハッキリみえてくるからだ。
書き改められたことによって、この戯曲の真の主役が人民であること、権力の欺瞞が鮮明になったのではないかと思う。(2005/3/4)

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よあけ/ユリー・シュルヴイッツ

よあけ
文・絵:ユリー・シュルヴイッツ

My評価★★★★★

訳:瀬田貞二
福音館書店(1977年6月)
ISBN4-8340-0548-8 【Amazon
原題:DAWN(1974)


草木も眠る墨色の湖畔に、藍を流したかのような稜線がにじんでいる薄闇の中、一本の木の下でおじいさんと孫が毛布にくるまって眠っている。
煌々と月が照り、山々をなお黒々と浮かび上がらせる。生きるものすべてが眠りについている。しんと静寂が辺りを包む。
そよ風、漣が立つ。やがて湖面に靄がこもり、コウモリが舞い、水にカエルが飛び込む。
いまだ薄暗い未明、目覚めたおじいさんが孫を起こす。孫は水を汲み枯れ枝を集め、おじいさんが火を焚く。細い煙りが一筋立ち昇る。
やがて二人は湖に舟を押し出す。舟が湖に繰り出すと、しだいに朝陽が昇り、湖面を照らしてゆく。湖は青灰色から少しずつ変化してゆき、一瞬にして表情を変える。

********************

いちばん好きな絵本は何かと聞かれたら、私は迷わずこの『よあけ』を挙げます。雑誌などが名作絵本を特集する際に、必ず挙げられる絵本でもあります。時代を超えて愛される名作です。
刻々と変化する湖畔の夜明けが、墨絵のような水彩画で表現されているんです。おじいさんと孫が舟を漕ぎ出して行ったとき、どんどん夜が明けていき、そして見開きページにアッ驚くことでしょう。これぞ絵本!

ユリー(ユリ)・シュルヴイッツ(Uri Shulevitz)は1935年、ポーランドのワルシャワに生まれる。4歳時に第二次世界大戦が始まったため、家族とともに各地を転々とする。終戦後の1947年はパリに落ち着くも、二年後には家族でイスラエルに移住。1959年の24歳時に、ニューヨークへ移住。ちなみにこの絵本はアメリカで出版。

湖面に映る月あかりや湖面の輝き。夜明け前の水気を含んだ木や空、光線の加減や湿度が描かれ、微風に揺れる蒲、細くたなびく焚き火の煙り・・・。静謐さとひそやかな生気に満ちています。
どの場面も好きなのですが、すべてのページが非常に簡潔でムダがない。一見すると叙情的に感じられるのですが、実はとてもドライなのではないでしょうか。
確かに色彩や筆づかい、描かれているのは叙情性を喚起させるような場面です。しかし、だからといって叙情的な絵本だとは言い切れないと思います。

一連の描写はすべて現象でしかなく、風が吹いたから漣が立つ、朝になるから人が起きる。起きたから水を汲んで火を焚く。いつもしていること、しなければならないことだから湖に舟を出す。朝陽に照らされるから周囲の様子が一変する。
こられの描写は実に単純明快・的確。自然と人が黙々と生命のサイクル(と言うと大袈裟ですが)を営んでいます。
感情的な部分は一切描かれていません。絵も文章も、感情を表す表現がないんです。絵本としては珍しいのことではないでしょうか。
感情的な部分が描かれていないため、より自然界や人の息遣い、変化が明瞭になっていると思います。読む側に十二分なほど想像の余地が残されていて、おじいさんと孫の物語を空想できたりもします。そこに感情を持ち込むかどうかは読む側次第。

この絵本は、唐の詩人・柳宗元の漢詩『漁翁』を元にしているのだそうです。この漢詩は知らないのですが、絵本を読む限り、素朴で感傷的な部分がなく、力強い詩ではないでしょうか。(2002/9/29)

追記:岩波文庫『中国名詩選』に『漁翁』の漢詩が載っていたのでメモしておきます。この詩は永州での作なのだそうです。

漁翁(柳宋元)

漁翁夜傍西巌宿
暁汲清湘然楚竹
煙銷日出不見人
欸乃一聲山水緑
廻看天際下中流
巌上無心雲相遂

漁翁 夜 西巌に傍(そ)うて宿り、
暁に清湘(せいしょう)を汲んで楚竹を然(た)く。
煙銷(き)え 日出でて 人を見ず、
欸乃一声(あいだいっせい) 山水緑なり。
天際(てんさい)を回看(かいかん)して中流を下れば、
巌上(がんじょう) 無心に雲相遂う。


松枝茂夫編『中国名詩選(下)』(岩波文庫,p96~97)より。ただし振り仮名は、難しいと思われる漢字だけにしました。(2007/4/23)

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