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世界の果てまで何マイル/テリー・ビッスン

世界の果てまで何マイル
テリー・ビッスン

My評価★★★★

訳:中村融,解説:東理夫
ハヤカワ文庫SF(1993年10月)[絶版]
ISBN4-15-011035-2 【Amazon
原題:TALKING MAN(1986)


ケンタッキーとテルシー州の州境で自動車整備工場を営むトーキング・マン。中年か壮年に見えるが、誰も彼の歳を知らない。彼は一人娘のクリスタルと暮らしており、クリスタルはタバコの苗植えに忙しい。
ウィリアムは借り物のムスタングを修理するため、トーキング・マンの工場を訪れた。車は直ったがトーキング・マンがムスタングに乗って消えてしまった!?どうやらトーキング・マンは何者かに狙われているらしい。

実はトーキング・マンは、時の始まりであり終わりでもある「エドミニダイン」の街からきた魔法使いだった。
エドミニダインには「エレンノー」と呼ばれる塔があり、トーキング・マンと恋人ジーンが住んでいた。二人の周りには、彼らが夢見た森羅万象があった。
しかしジーン<非在>を夢見てしまい、すべての存在を無に帰そうと企む。トーキング・マンはそんなジーンの元から逃げてきたのだ。ジーンに対抗できるのはトーキング・マンしかおらず、だからジーンはトーキング・マンを抹消しようとしていたのだ。

ウィリアムとクリスタルはおんぼろクライスラーを駆り、州間高速(インターステート)ハイウェイなどでトーキング・マンの後を追う。やがて世界の果てまでドライヴすることになり、いつしか微妙に違和感を感じる世界へ紛れ込んで行く・・・。

********************

60年代のカントリー・ミュージックが流れるなか、閑かだけどゴツゴツした地形のアメリカ南部を舞台にしたロード・ノヴェル。ウィリアムとクリスタルと共に、60年代に一世を風靡したアメ車でドライヴが楽しめる。
この作品の面白さはケンタッキー=テネシー州の州境から世界の果てまでの、60年代のアメリカン・カントリーの雰囲気に満ち満ちたロング・ドライヴにある。また、ほろ苦さを含んだラストも良い。

「それ」や「そいつ」を「ほれ」「ほいつ」と訛るヒロインのクリスタルも変わっているが、なんと言ってユニークなキャラはトーキング・マンだ。
まず、「自動車修理工の魔法使い」という設定に意表を突かされる。しかも彼はなかなかのクセ者で、最後まで一言もしゃべらない!ね、とっても変わっているでしょ。それでいて存在感があるから不思議。
ともかく一風変わっていて、ノスタルジックさもある物語。絶版なのが惜しい。(2001/9/3)

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ぼくがつ ぼくにち ぼくようび/荒井良二

ぼくがつ ぼくにち ぼくようび
文・絵:荒井良二

My評価★★★★☆

平凡社(2001年8月)
ISBN4-582-82966-X 【Amazon


元気になれる、元気をくれる絵本!なんとなく気持ちがブルーなとき、嫌なことがあったとき、そんなときに読みたいビタミン剤的絵本。スーッとわだかまりがおさまって、明るく楽しい気分にさせてくれるんです。
絵本というより、つぶやきふうの日記とイラストかな。エッセイという感じもします。文は手書き文字で、1ページごとに文字色が変わります。イラストは、子どものラクガキ風と言うか、抽象画風と言うか・・・。ともかく、のびやかで見ていると気持ちがウキウキする感じがして、見ていると楽しくなるんです。

ぼくが歩いていたら、話しかけてきたピンク色の雲。クツ屋で買った青と赤のクツ紐。夜に窓を開けたときのこと。乗り過ごしてしまったバス。歩いて歩いて辿り着いた名前のない町。ちょっとした日々のちょっとした素敵な出来事が綴られる、大人のための絵本。

ぼくがつ ぼくにち ぼくようび

晴れた空にむけて、アーッと口を大
きくあけると 太陽のつぶつぶが口か
らコロンコロンとはいってきて、なんと
なく心のバイキンがシュンとなって
小さくなる気がしていいぞォ!!
空にもっこり雲、子どもの時の雲の
観察日記を思い出したあ!毎日
あんまり変わりない雲に、おもしろい
形になってちょうだいなんてお願い
したもんだよ。


参考までに1日(1ページ)引用しました(改行は本文のまま)。引用文でもわかるように、子どもの視点で書かれた文ではないんです。大人の視点で書かれているのですが、語り手はもはや完全に無邪気ではないんですね。そのためかこの絵本の楽しさは、底抜けの陽気さではないんですよ。ちょっぴりのせつなさが含まれているような気がします。そこには物事を否定するのではなく、肯定し受け入れてそれを楽しむ、という姿勢がうかがわれます。

人にとっていちばんベストな状態は、左右色違いのクツ紐を「ぼくらしいな」と思えるように、自分らしく在ることではないでしょうか。そういうことを作者は上手く表現していると思うんです。
でも、気持ちに余裕がなければ受け入れることも楽しむこともできない。そのためにはちょっとした想像力、ちょっとした遊びごころが必要ではないのかな。
クツ紐でなくても、各人各様に自分らしい『ぼくがつ ぼくにち ぼくようび』があるのではないでしょうか。(2005/7/14)

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しらみとり夫人/財産没収ほか/テネシー・ウィリアムズ

しらみとり夫人/財産没収ほか
テネシー・ウィリアムズ

My評価★★★★

訳:鳴海四郎・倉橋健,解説:一ノ瀬和夫
ハヤカワ演劇文庫(2007年1月)
ISBN978-4-15-140006-3 【Amazon

収録作:しらみとり夫人/風変わりなロマンス/ロング・グッドバイ/バーサよりよろしく/財産没収/話してくれ、雨のように・・・/東京のホテルのバーにて


『風変わりなロマンス』は四場、『東京のホテルのバーにて』は中篇、他はすべて一幕の戯曲集。
解説によると、『しらみとり夫人』『風変わりなロマンス』『ロング・グッドバイ』『バーサよりよろしく』『財産没収』は、1940~1942年にかけて完成されたという。
プロの劇作家としてのデビューが、1940年初演の『天使のたたかい』(後に『地獄のオルフェウス』と改題され、1957年初演)だそうだから、プロとしての初期作品群となるわけだ。初のブロードウェイ成功作『ガラスの動物園』は1943年頃、『欲望という名の電車』は1945年に書き始められたとのこと。
これら出世作より以前に書かれたということだが、すでに出世作へと連なる要素が表れており、長篇で結実したことがよくわかる。
本書のうち、最も初期のものは『ロング・グッドバイ』。『風変わりなロマンス』は1942年頃。『話してくれ、雨のように・・・』は1950年頃、『東京のホテルのバーにて』は1969年発表・初演。

テネシー・ウィリアムズの作品はまだ数冊しか読んでいないのだけれど、いまひとつ掴みにくい作家だなあと感じていた。作品によって受ける印象が多少異なるからだが、それよりも、戯曲としては人間像が複雑なために掴みきれないからだ。ウィリアムズ作品の人物造型は、劇作というよりも、小説に近いのではないかと思う。

この作品集では、いずれも大都会など世間に取り残された人々の孤独を描いており、人々はどこかしら病んでいる。その多くは過去と、その幻想に取りすがって生きようとする。その哀しみ、と同時に、それでも生きようとする強靭さ。作品によって表れ方は異なるが、これまでに読んだどの作品にもこうした面があるように思う。

解説を読んでわかったのだが、矛盾し錯綜する人間の複雑さや二面性こそが、ウィリアムズの劇作の本領なのだそうだ。また、「自己と現実世界を結ぶ回路を構築していこうとする」という。この点には、なるほどなあと思った。「自己と現実世界を結ぶ回路の構築」、これがウィリアムズ作品の核なのだろう。砕かれた理想と現実のギャップをどうやって取り持つか、ということだろうか。

解説が要点を抑えて語り尽くしちゃっているので、もはや何もいうことはない。何を書いても模倣になってしまう。それ以外で、この解説のように的確には書けないし、書けるわけがない。
印象を述べるとすれば、これまでなんとなく矛盾しているように感じていた人間像は、本書を読むと矛盾でないことがわかった。「複雑さ」というものが、どういう類のものかもわかった。
ウィリアムズの劇作を知るには、これまでに読んだ本のうち、この作品集がいちばん掴みやすかった。話が短いからストーリーに気を取られず、人物像に集中して読めるからかもしれない。ウィリアムズの目線と作風を知るのに格好の作品集だと思う。(2007/4/16)

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