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魔法のことば 自然と旅を語る/星野道夫

魔法の言葉 自然と旅を語る
星野道夫

My評価★★★★

解説:池澤夏樹
文春文庫(2010年12月)
ISBN978-4-16-751504-1 【Amazon


魔法のことばアラスカに住み、動物や自然を撮り続けた写真家・星野道夫(1952-1996)が、1987年から1996年にかけて日本各地で講演した10本の講演集。カラー写真有り。

アラスカに行くことになるキッカケや、アラスカの人々や自然、野生動物、クジラ猟のこと、なぜアラスカに惹かれるのかといったことなどが語られています。
各地での講演のため内容的に重複している箇所が多いけれど、それは星野道夫が伝えたかったことなのだからだと思います。当初は思っていることを上手く伝えられないでいるようですが、講演を重ねるごとに思考が明確になっていく様子がうかがえるのです。
彼の紡ぎだす言葉には、実際に体験した者だけがもつ力強さが感じられます。例えどれほど知識があったとしても、知識だけでは彼のようには語られないだろうと思われます。
それらの言葉は幾度も繰り返されることによって、さらに力が増し、まるで「言霊」となっていくかのよう。

彼が幾度も繰り返しながら一番伝えたかったのは、自然には二つあるということ。
一つは私たちの生活圏にある身近な自然。もう一つは、アラスカなどもしかして行くことも実際に見ることもできないかもしれないけれど、この世界に存在している自然。後者の自然があるということの大切さ。
さらには、文明の発達した都市圏で暮らす人々もいれば、エスキモーの家族のようにアラスカの大自然で生活している人々もいるということ。
ただし、私たちの身近にある自然は、人の手の加わった自然です。対してアラスカは人の手の入らない、と言うよりも入れようのないだろう広大な自然。人はあまりの広大さに意味を見出せないようです。

日本では勉学や仕事や家事に追われ、毎日なにかしらの事故だったり犯罪だったりのニュースが流れていますよね。一方、アラスカではクマが冬眠から目覚めたり、現地の人々でも目にしたことのないカリブーの大移動が行われていたりするのですが、どちらも同じ時間上に存在しているわけです。
私たちの暮らしには関わりようのない世界なのだけれど、そうした世界があるため、そのような世界を想像できることの大切さ、といったことが語られています。
著者は好きな言葉に「多様性」という言葉があるといいます。アラスカという土地や人々に限らず、多様性は人間が生きる上でとても重要なことではないかと思うのだけれど。それと、氏の言うように想像力。
人類にとっての豊かさとは何かと大上段に構えると、多様な人々の多様な生活ができる、多様な生物が存在できる、ということではないかと私は思うわけです。それはどれほど科学が発達したとしても、科学とは別次元の問題でしょう。

でも難しいことは考えずに、まずは「こんな世界があるんだ」ということを知るだけでもいいのではないかと思うんです。白クマの写真がカワワイイ(本当にカワイイんですよ)、というところから入ってもいいと思うんですよね。まず存在を知らなければ、想像することはできないのだから。(2011/1/28)

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パルンガの夜明け/ラーム・セーカル

パルンガの夜明け
ラーム・セーカル

My評価★★★

訳:高岡秀暢
挿画:マニック・ヘラ
新宿書房(1993年3月)
ISBN4-88008-184-1 【Amazon


ネパールのカトマンズ近くの盆地にある、貧しい農村パルンガ。村の農民は、搾取や圧制に苦しんでいた。
早くに両親を亡くしたアーシャマルとスンマーヤーは兄妹は、父親の遺した一枚の畑を耕したり家禽の世話をして、なんとか生計を得てきた。だが、アーシャマルの水牛が突然、病死してしまった。
アーシャマルは、水牛を買うお金を貸りたチニヤ・サウ(王様の代官という意味の称号。この称号を持つ者は村の偉人、実力者となる。王政復古の政変の前は、ジンメワラ(村の権利を占有する者)と呼ばれていたという)に、お返済するまでの担保に畑を取り上げられる。
しかもチニヤ・サウは、当初の話と違う金額を持ち出す。水牛の代金は、アーシャマルに支払える金額ではなかった。

アーシャマルは道路工事の日雇い人夫として働くが、賃金はピンハネされたり食料を要求される。しかし事故でケガをしても何の保障もない。アーシャマルは幼なじみで親友のブユチャに、村を出ようともちかける。
一方、スンマーヤーが何者かに襲われ、身ごもってしまう。彼女は友だちや村の女たちに軽蔑されながらも黙って耐えていた。しかし兄妹に対するあまりの不条理さに、ついに彼女の怒りが爆発する。

********************

カトマンズに古くから居住するネワー民族のネワー語で書かれた小説。原題を直訳すると『夜の帳がやや白く破られた夜』だという。原書は1973年刊。
内容を一言で要約すると、悪徳代官とそのドラ息子の搾取と圧制に苦しむ農民兄妹の話。役人や警官も腐敗しており、農民たちの味方ではない。ここで水戸黄門が登場すれば一件落着なのに、などとつい思ってしまう。

訳者あとがきによると、ネパールの人種と言語は三つに分類できるという。インド・アーリアン語系(国語のネパーリィ、インド平原のマイティリィ等)、ビルマ・チベット系(ネワー語、ライ語等)、チベット語系(シェルパ語、グルン語等)がある。(p232)
日本や諸外国では一般的にネワール語と呼ばれているが、ネワー語には「ネワール」という言葉はないのだそうだ。ネワー語が最も古く記述されたものでも、千年を越えることはないらしい。

現在の国語はネパーリィだが、かつてはネワー語が公用語だったそうだ。だが、18世紀の王朝によってネワー語の使用が制限され、19世紀には激しい迫害を受けたという。
第二次世界大戦後の政変によって政治的には安定するが、教育や出版活動などが制限される。1970年ごろから民主化運動が始まり、1990年4月にネパールが民主化され、表現の自由がゆるくなったという。

原書は民主化運動の当初で、検閲が厳しかった時代に書かれている。農民たちは圧制から開放されることを希み、それが革命へと発展するのだが、おそらくは検閲をパスして発禁処分を逃れるためであろう、ハッキリとした批判的な言葉では書かれていない。
政治的批判または主張が婉曲に表現されており、特に結末が曖昧なためにもどかしさが残る。しかし肝心なのは内容よりも、おそらくはネワー語で書かれたということに尽きるのだろう。

この作品は政治色一辺倒であったり、ヒステリカルなまでに革命を求めるだけの話ではなく、地域の風景描写や、神話や民話あるいは民間伝承を盛り込まれていて、それらがおおらかな雰囲気を生み出している。また民族固有の文化にも触れており、チニヤ・サウの家系は神話や伝承に求められている。

民族の言葉で書かれたといっても、言語の自由という問題になじみがないため、いままで母語の重要性がピンとこなかったのだ。しかし、本書を読んで民族の言葉で書かれることの意義がやっとわかったような気がする。
ネパールの政治情勢はいまも不安定だが、民主化が確立し根付けば、作者はもっと自由に表現でき、持ち味が発揮されるのではないかと思う。もっと民族固有の思想と文化を取り入れた作品を書くことができるのではないだろうかと思うのだが・・・。中国政府の属領的現状では難しいだろうなあ。(2005/5/16)

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太陽の子と氷の魔女/ジャンナ・A・ウィテンゾン

太陽の子と氷の魔女
ジャンナ・A・ウィテンゾン

My評価★★★★★

訳:田中かな子
カバー画・挿画:E・ニコラエフ & L・アリストフ
大日本図書(1969年2月)[絶版]
ISBN4-477-17412-8 【Amazon


東シベリアの果てのツンドラ地帯。トナカイの皮で作ったヤランガ(北極地方に住むヤクート族やチュクチ続のテントのような家)に、お母さんと二人の子ども、兄ヤットと妹テユーネが住んでいました。
お父さんのラグテルギンは猟師ですが、漁に出たままもう長い月日帰ってきませんでした。お母さんは子どもたちのために一生懸命働くのだけれど、子どもたちは怠け者で何も手伝おうとしないのです。

ツンドラには恐ろしい魔女プルガがいます。そのプルガが、母子たちのヤランガにやってきました。子どもたちを凍えさせようとするブルガ。お母さんは子どもたちを守ろうとして、プルガに連れさられてしまいます。
ヤットとテユーネは、これまでの自分たちの怠け者ぶりを後悔しながら、お母さんを助けだすために、プルガの住む遠い氷の山上にある氷のヤランガを目指し、ツンドラを旅することに。

お日さまに助けを求めたヤットは、矢を授かります。プルガは「ねむり精ドリョーマ」や、「くらやみのチムーシャ」を兄妹に差し向けますが、兄妹はトナカイやお日さまの兄弟「勇士スバローヒン(オーロラ)」たちの助勢を得ることができました。そして、ついにブルガの住む氷のヤランガに辿り着きました。

********************

シベリアのヤクート族を題材にし、連れ去られた母親を助けるため、氷の魔女プルガに立ち向かう兄妹の冒険ファンタジー。
シベリアを旅するうちに、怠け者だった兄妹は次第に他者を思いやる心に目覚め、厳しい自然の中で生きる力を身につけます。二人の冒険物語であり成長物語です。
都市化された現代人が失ってしまった、逞しさや思いやりの心が素朴ながらもストレートに迫ってきます。絵の効果もあり、なんとも力強い物語。
おそらくヤクートの民話を下敷きにしているのではないかと思います。厳しい自然との戦いは、トーテム信仰と結びつき、太陽と火を崇めるようになったとか。

本作は、ソビエト時代に執筆された物語だそうです。
訳者によると、ジャンナ・アレクサンドロウナ・ウィテンゾンは戦後(祖国戦争のことらしい)、モスクワに大学を卒業してすぐ、多くの青年たちとシベリア開発に志願して、ヤクーツク市にロシア語教師として赴任。
彼女は辺境のヤランガを訪ねて、シベリアの北の果てに伝わる民族の民話や伝説を収集したのだそうです。
そしてモスクワへ戻った後、アニメーション(原題は『ヤットとテユーネの物語』)として執筆。アニメは1956年にモスクワで金メダルを、翌1957年にヴェネツィア映画祭動画の部でグランプリを受賞。
本としては、フィルム制作所に勤めるE・ニコラエフとL・アリストフの画家との共同制作という形で、1963年に刊行。ウィテンゾンの書いた物語は次々とアニメーション化され、内外で高い評価を受けているのだとか。

訳者はヤクートの暮らしについても触れています。
ヤクート自治区(現在はサハ共和国。面積はインドと同じぐらいあり、ロシアで最も大きい地方)の人々は、北氷洋に面したレナ川流域の広大な永久凍土で暮らしているのだそうです。一年を通じて太陽の光を見ることができるのはほんの数えるほどしかなく、零下70度という極寒の地。
ソビエト政権樹立前、各種原住民の数はおよそ30万人で、辛うじて種族を絶やさないで生活するのが精一杯。工業も農業もなく、ほとんどが文盲だったらしいです。
ソ連時代になりシベリア開発が進められ、ダイヤモンド鉱や金鉱、錫鉱、石炭鉱が発見され、養殖コルーズや漁業コルホーズが設けられるともに各種学校ももつくられ、文盲がなくなったのだそうです。
また、水力・火力発電所が造られ各種工業が盛んになり、零下70度の極寒に耐えられる住宅か施設が造られ、ヤクートの人々の生活を一新したのだそうです。その結果、人口は65万人ほどにもなったのだとか(現在は98万人強)。
ヤクートの人々の生存環境は改善されたのでしょう。でも、急激な発展の影で、ヤクートの伝統や信仰、民話は失われつつあったのではないでしょうか。

この作品を読んで、都市化された現代の作品は、悩み事など様々な事柄が細分化されて描き出され(それが悪いというわけではないのですが)、人間が本来持っている「生きる力」といったものに、あまり目が向けられなくなっているような気がしました。
ともあれ、都市化及び複雑化した現代の生活からでは、もはや書かれることのない物語ではないでしょうか。けれど、現代でも力を失っていない作品だと思います。(2007/11/18)

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