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こぼれ種/青木玉

こぼれ種
青木玉

My評価★★★★

寄稿:青木奈緒
新潮文庫(2003年6月)
ISBN4-10-121622-3 【Amazon


様々な樹木との出会いを綴ったエッセイ集。カラー写真多数有り。ちなみに祖父は幸田露伴、母は幸田文、娘は青木奈緒という文豪一家。

著者は道端のありふれた樹木から珍しい樹木まで、丹念に目をこらします。その姿には観察というよりは、親が子どもの成長を見守っているかのような親愛の情を感じます。
新緑や紅葉はもとより、杏やリンゴ、梨、藤など花盛りの木々の美しさ。ときに思いおこされる母・幸田文の思い出。

お正月の門松はどうやって作られているのか?花桃は?
木で染められる糸、昔の人がメモ用紙代わりに使っていたという多羅葉、木を裂いて作られる布など、木には様々な利用法のあるのですね。
私は、柳と楊は言い方が違いこそすれ同じ木だとばかり思っていたけれど、「柳」はシダレヤナギで「楊」はタチヤナギなのですね。

山に生活の場を持つ人が、季節の移り変わりがハッキリしないで秋に雨が多いときは「山が腐る」と言うのだそうです。著者は誤魔化しようのない言葉の強さに驚くのですが、実際に誤魔化しようのない自然界のあり方を目の当たりにします。
67年目にして花を咲かせて実生へ命を託し、朽ちて土へ還ってゆく竹林。荒涼となった竹林が露わにする生と死・・・。

街路樹や庭木など、常日頃様々な種類の木を見かけますよね。日々目にしていても、その木が何という名前なのかわからないことがほとんどだったりします。ましてや、どんな花や実がどういうふうにつくのかとなると、さらに知らなかったりします。
竹林や山林など特別な場所は別として、あまりにも身近にあるため普段は気にとめない木々を、ちょっと気をつけて見てみたい。そんな気持ちにさせ、そのための手ほどきとなるエッセイ集でした。(2003/6/16)

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芸術家列伝2/ジョルジュ・ヴァザーリ

芸術家列伝2 ボッティチェルリ、ラファエルロほか
ジョルジュ・ヴァザーリ

My評価★★★★☆

訳:平川祐宏・小谷年司
白水uブックス(2011年7月)
ISBN978-4-560-72123-0 【Amazon
原題:Le vita de' piu eccellenti pittori,scultori e architettori(1550)

目次:ボッティチェルリ/マンティーニャ/ジョルジョーネ/ラファエルロ/アンドレーア・デル・サルト/ティツィアーノ/ヴァザーリにたどりつくまで/訳注


芸術家列伝21巻は初期・前期ルネサンスの画家と画業を取り上げていましたが、2巻では盛期ルネサンスの画家と画業について。3巻はダ・ヴィンチとミケランジェロの二大巨匠だそうです。

1巻から続けて読んで図版を観ると(既刊の上製本よりも図版を多くしているとのこと)、時代を経るごとに後人の画家は先人から様式や技法を学び改善して、ルネサンス絵画がどのように発展してきたのかよくわかります。
この巻まで読んでみて、「列伝」は伝記なのだと思いました。絵画評論的な部分もあるけれど、ヴァザーリの鑑識眼は芸術を語るだけのことはあるとは思うのですが、鋭さは感じられないといったところ。列伝の本領は伝記なのでしょう。

ヴァザーリはボッティチェルリの作品は好みでないためか、褒め言葉は儀礼的で素っ気ないんですよ。
ラファエルロの章と比べると、扱い方の相違がよくわかるんです。内容も目新しいことはないし短いしで、ボッティチェルリの作品についていろいろ識れるかと思っていたので残念です。
ラファエルロの項からはヴァザーリと同時代の画家なので、ヴァザーリのペンがのってきて、画家の性格や画風についてなどがより詳しく書かれているんです。
ヴァザーリにとってリアルタイムの画家たちについてペンを走らすとき、それまでの当たり障りのない文章とは打って変わり、ヴァザーリの感情が露出。感情豊かに描写されることで、画家たちの気質が浮かび上がってくるんです。あくまでもヴァザーリの視点によってですが。

ヴァザーリはラファエルロをとても褒めるのですが、それだけによく研究しているようです。
ラファエルロはミケランジェロやダ・ヴィンチには及ばなかった。だからこそミケランジェロに追随せず、独自の様式を築き上げるべく努力していった、というようなことをヴァザーリは述べています。
ラファエルロの絵には優美さがありますが、それは画家本人の気質だったようです。また、画家仲間や自分の工房の弟子たちといった、人を使うのが巧みだった様子。
多くの仕事をこなしていたようですが、当時は仕事を請け負って工房の弟子たちが作業をするのだから、工房主には仕事をとってくる交渉力や統率力などの経営手腕が求められると思うのです。
アンドレーア・デル・サルトの項で書かれているけれど、デル・サルトは仕事を安く叩かれていたそうですが、ラファエルロは法王や諸侯の仕事をしていて有名だからというのもあるけれど、交渉が巧かったのではないかな。

ヴァザーリはアンドレーア・デル・サルトに複雑な感情を抱いて、大画家となれるだけの技量をもちながらも、お人よしで気弱な性格ゆえに絵画の世界で傑出しなかった、というようなことです。
ヴァザーリには、才能がありながらも出世できず生活に苦労しているデル・サルトがもどかしかったようですね。
主な原因をデル・サルトの妻に帰していて、この妻に対してヴァザーリは反感を抱いているのですが、ヴァザーリはデル・サルトの元にいたことがあるので、よく知っていたわけです。
ヴァザーリとデル・サルトの生きた時代は、1527年にローマ掠奪(サッコ・ディ・ローマ)、1529年にはフィレンツェが包囲されるなど不穏な時代。包囲戦の最中と、包囲が解かれた後のエピソードも書かれているんです。歴史を踏まえて読むとリアル感が感じられるんですよ。

ティツィアーノの項では、ミケランジェロはヴァザーリに、ティツィアーノの色彩を様式を褒めつつも、ヴェネツィア派はデッサンを学ぶことをしないと語ったそうです。ヴァザーリも同意見で、これだけの天賦の才を持つ画家の唯一の欠点とみなしていたようです。
ティツィアーノにしろデル・サルトにしろ、画家としてはヴァザーリより秀でていることは否めません。そのことをヴァザーリ自身、認めているかのように感じられるんです。
彼らには、ヴァザーリがどれほど研鑽を積んでも手中にすることが難しいであろう生まれつきの才能があり、彼らが望み努力さえすれば一流の大画家となれるのにそれをしない。そのことをヴァザーリが惜しでいるように思われてなりません。
ティツィアーノ作品に対するヴァザーリの評価はときどき辛辣になるけれど、それはティツィアーノを認めているがゆえの苦言だと思うのです。

正直言って、1巻から読んできてヴァザーリの文章の印象は、凡庸というわけではなく一定のレベルにあるように思われるけれど、些か精彩に欠ける感じがしていました。
それが同時代の画家になってからは、感情がこめられて面白くなってくるんです。それは、生身のヴァザーリが感じられるからだと思います。(2011/7/29)

芸術家列伝1ジョット、マザッチョほか
+芸術家列伝2 ボッティチェルリ、ラファエルロほか
芸術家列伝3 レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ

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世界の果ての庭/西崎憲

世界の果ての庭
西崎憲

My評価★★★★☆

新潮社(2002年12月)
カバー画:上田勇一
ISBN4-10-457201-2 【Amazon


2002年、日本ファンタジーノベル大賞、大賞受賞作。
大学院生時代はイギリス庭園を研究テーマとし、いまは小説家として活躍している主人公。
彼女は出版社のパーティーで、日本の近世文学、正確には近世思想を研究しているアメリカ人男性のスマイスと知り合う。
スマイスは、大伯父の遺品で日本の作家からの手紙に記された言葉について調べていた。その言葉は詩のようでもあり文字の羅列のようでもあった。
その日本の作家は、明治時代に活躍した渋谷緑童(しぶたに・りょくどう)。スマイスは、緑童の作品では「人斬り」が面白いと言う。
スマイスは緑童が縁で、江戸自体の漢学者で哲学者の皆川淇園(みながわ・きえん)と、富士谷成章(ふじたに・なりあきら)とその息子の御杖(みつえ)親子を研究している。

主人公の生活を軸にして、複数の物語が同時進行する謎めいた物語群。やがてその謎から、ある一つの言葉に集約されるものが浮かび上がる。
皆川淇園と富士谷親子の話、人斬りの話、小学校6年生のときに駆け落ちして、五年後に帰って来た主人公の母親の話。母は若くなる病気にかかっているという。

22歳で召集された祖父は、戦場へ赴くまでの間に祖母と結婚して過ごした。
ビルマで終戦を迎えた祖父は捕虜となったが脱走し、その後の消息は要として知れない。ここで語り手は祖父その人となる。ビルマの森を彷徨って倒れてから、気がついた彼がいたところは!?

********************

作者、初めての創作小説。英文学の翻訳家としてキャリアも知知名度もあるので読む前から期待が高かったのですが、期待を裏切らない出来栄えでした。
江戸時代とイギリス庭園という、和と洋を結んでいるところが新鮮。いろんな面で作者の美学が横溢していて、スッキリとした文章で綴られてます。香の名残りのように仄かな幽艶さのある美しい作品。装丁も美しい。

主人公である小説家の女性と、彼女が出会ったスマイスが発端となって、彼女らの物語から他の物語へと連なって語られます。多重構造だけれど、「重」と言うより「面」的な拡がりがあるので、多面体的構造かな。
祖父を主人公とした物語がとても印象深く、久遠の垂直水平方向に拡がり、時間と空間を越える世界。こうした世界や御杖の生涯、辻斬り、イギリス庭園の話など、眼に見える現実とその裏に潜む意味、実在と非実在の間に位置する幻泡、幽遠さ(遠くはないのだが)とでも言おうか、そんな雰囲気を感じました。
イギリス庭園や御杖の「いれひも」は、<枠>という共通項で結ばれています。そのためかどうか、両者に潜む精神活動がなぜか近しいものに感じらます。

なぜ母親は病気にかかったのか、祖父のいたところはどこなのか、髪の毛の意味については語られません。こられは一種の「耳嚢」なのでしょう。作者流の「倒語」のようにも思われます。
誰もが自己から逃れることができず、己の精神や諸々の意味、状況に囚われるなかで、唯ひとり母親だけが何ものからも逃れられたのでしょうか。
一応の結末はあるのですが、個々の物語も全体的にも、謎は謎のまま残されます。
本来、物語というものは曖昧で、各人各様に好きなように考える空想のの余地を残すものではないでしょうか。この作品では、読む側に充分な想像の余地を残していると思います。

この作品は好みが分かれるだろう思います。誤読しようのないキチッとした起承転結や、ラストで物語が収斂してすべてが解明されることを求める人には不向き。でも、好きな人にはたまらない物語だと思うんです。私はこういう作品は好きなので、充分に堪能できました。(2003/1/23)

追記:2013年4月、創元SF文庫化【Amazon】。

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