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月の石/トールモー・ハウゲン

月の石
トールモー・ハウゲン

My評価★★★★

訳:細井直子
WAVE出版(1999年12月)
ISBN4-87290-043-X 【Amazon
原題:Tsarens Juveler(1992)


モンゴルの山々に囲まれて半月宮があった。神殿の見習い巫女エリアムは、月鏡湖に映る月の光を測る修行に就いていた。
だが月が昇っているのにも関わらず、湖には何も映らない。月の光が失われたのだ。月の光が失われると、夜に潜む夢の力が失われるという。
月の光を取り戻すためには、月の光が蓄えられた伝説の七つの宝石<月の石>またの名を<ロシア皇帝の宝石>が必要だった。しかし月の石の在り処がわからない。エリアムは月の石を探すことを命じられる。

同じころ男性の半月宮からさらわれたダイ・チは、正体不明の男に月の石の伝説を語るよう脅される。男は伝説の中にこそ、月の石の在り処が隠されていると睨んでいた。
ダイ・チは月が出ている間のみ、一晩に一つずつ七つの伝説を語る。全ての伝説を語り終えたときに何が起こるのか、それはダイ・チにもわからない。

冬のオスロ、12歳の少年ニコライは空っぽの家にいた。父マキシムは海外で仕事中。母リディアは会合でほとんど家にいない。
実はマキシムは宝石の密輸をしており、リディアも何やら怪しげなことをしていた。そしてマキシムとリディアはそれぞれに「ロシア皇帝の宝石」を差し出すよう脅されていた。また、リディアの兄たちもひそかに宝石を狙っていた。
ニコライの曾祖母フロリンダは、ロシアへ行ったきり連絡のない娘イドゥン(マキシムの母親)と、故郷のロシアを想って過ごしていた。ニコライと曾祖母フロリンダの周囲で不思議なことが起こり始める。

********************

<月の石>またの名を<ロシア皇帝の宝石>を巡って様々な人物の思惑が交錯し、サスペンス・タッチで展開するファンタジー。冬のオスロにピッタリの、どこか深とした静けさに満ちていました。

ニコライの両親と曾祖母は、自分自身の悲しみやさみしさゆえに、血の繋がった家族であっても受け入れることができないでいます。他の人をも自身の物差しで計るので、信じることができないのです。心の傷を癒すことができないまま大人として過ごす人たち、特にニコライの両親がそうです。
家庭に居場所のないニコライは、一人オスロの町を彷徨う。いつも白い吹雪の中を歩くニコライ。吹雪の冷たさがひしひしと伝わってくるほどです。吹雪はニコライの心象風景なのでしょうね。

大人だからといって完璧なわけではありません。大人の生活を子どもに押し付けることは、必ずしも正しいとは言い切れないでしょう。
最後にニコライが自分の意思で生き方を選択するのは、子どもとはいえ一人の人間であり、自分自身の意思を持っている、ということではないでしょうか。
現代家族の在り方、家族や家庭を繋ぐものは何なのか、ということがニコライの視点で語られています。

また、ダイ・チが語る七つの伝説は、それぞれ幻想的な物語です。
これらの物語の共通項を挙げると(必ずしも全てに共通するわけではないけれど)、「愛」「裏切り」「死(死から照射される生)」でしょうか。「愛」が欲望と裏切りを秘めているのが特徴的で、マキシムとリディアの関係を示唆しているのではないのかな

モンゴルという地で月の光を崇め、その力による伝説という設定ながら、最後までこの設定が活かしきれていないような・・・。
伝説の者たちを出現させたり<鏡ぐくり>をするためには、月の光というのはピッタリだと思うのですが、なぜ神殿を建て修行してまで崇めるのか。月の光の力がいまひとつ抽象的なので、エリアムや大巫女の言動が説得力に欠けるのが残念です。

さて、様々な人物が宝石を巡って暗躍するのですが、彼らの思惑が終焉する様は肩すかしのように思われなくもありません。でも私はこのラストでいいと思います。安易なハッピーエンドではない、というところが気に入ってます。
ニコライが両親の仲がいつまで続くか怪しんでいるように、二人の仲は続くのか。イドゥンと家族の関係はこれからどうなるのか。
リディアの兄たちは一時的に憑き物が落ちたろうけれど、心を入れ替えて善人になったとは思えません。
テリーは父親の元へ戻りますが、怪しげな仕事をしている父親や兄と、今後どうやって暮らしていくのか。
ニコライが心配しているように、彼の生活費はどこから捻出するのか。
また過去に2度月が光を失ったように、いつまでも月の光が保たれるとは限りません。
とまあ問題は山積みなのですが、それは全てが現在進行形だから。そして、未来は誰にもわからないのです。(2001/5/3)

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ヨーガン レールの社員食堂/高橋みどり

ヨーガン レールの社員食堂
高橋みどり

My評価★★★★★

PHPエディターズ・グループ/PHP研究所(2007年11月)
ISBN978-4-569-69554-9 【Amazon


フードスタイリストで好奇心旺盛な高橋さんが、ヨーガン・レールの社員食堂の一年(実働216日)の献立を、写真とレシピで追った単行本。
ヨーガン・レールのライフスタイルと、その社員食堂については、雑誌などでチラホラ触れていることがあり、とても気になっていたのです。そこへ、本書はそのものズバリ『ヨーガン レールの社員食堂』!こりゃあ、読むしかない。

ヨーガン・レールは「土から生まれたものは土に還る」をコンセプトに、自然に還る天然素材を使い、手仕事によってファッション他生活回りの商品作りをしているデザイナーです。
公式サイト【JURGEN LEHL】、ブログ【JURGEN LEHL ETC.】。どちらもレディス中心。

ヨーガン・レールはベジタリアン(ヴィーガンではありません)なので、献立はオーガニック野菜や穀物が中心で、肉と魚は使われない。グルテンミート(植物性タンパク食品。肉の代わり)や卵、乳製品は使われています。
毎日の野菜中心のメニューと、そのレシピが箇条書きで簡単に記されているのですが、同じメニューが幾度も登場しても、その都度少しずつ作り方や味付けが異なっていたりと変化しているのがわかります。
私はベジタリアンではありません。厳密にいうと、ベジタリアニズムは思想だからです。最近の日本の菜食傾向は思想とは関係なく、健康上の理由で取り入れられているように思われます。私もその一人ですが、そういう人にとっても本書は参考になると思います。

レシピには分量までは書かれていないのですが、料理に慣れている人はカンでわかるでしょう。私は分量が記されていなくても不便はありませんでした。また、写真が小さくて完成図がわかりにくいけれど、材料と手順からおよその見当がつきます。
ですが、料理に慣れていない人には作りにくいだろうと思います。料理のピギナーにはオススメしにくい本です。
でもこの本の読みどころは、素材と調味料の組み合わせや調理方法といった、「発想」にあると思います。こういう味付けもあるのか、という発見が多々あってとても面白かったです。一つの食材をどう使い切るのか、という点も参考になりました。
味付けが淡白でもの足りなさそうと思うレシピもいろいろあるのですが、あとは自分の工夫次第。

諸所にヨーガン・レールへのインタビューや、食材に関すること、氏たちと過ごした沖縄のことが書かれています。
けれども基本的には216日の献立が延々と続くため、イッキに読了しようとして何度も睡魔に襲われ、負けてしまいました・・・。単調な文章の繰り返しは眠気を誘われるんですよねえ。
イッキ読みしようとせず、気になったページを拾い読みするのがいいと思います。(2007/11/20)

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アーミッシュに生まれてよかった/ミルドレッド・ジョーダン

アーミッシュに生まれてよかった
ミルドレッド・ジョーダン

My評価★★★☆

訳:池田智
評論社(1992年9月)
ISBN4-566-01246-8 【Amazon
原題:Proud To Be Amish


アーミッシュ宗派の人々が暮らすペンシルヴェニアで、農場を営むオールド・オーダー・アーミッシュ(アーミッシュ旧派。アーミッシュのなかでも、いちばん規律が厳しい宗派)の一家。
一家は両親と、もうすぐ12歳になるケティ、双子のジェイク、もうすぐ23歳になるナオミ姉さん、ナオミ姉さんと年子のイーライ兄さんがいる。また、少し離れた家では祖父母が暮らしている。

ケティはある日、ジェイクが納屋の上でこっそりとラジオを聴いているのを目撃した。ラジオはイーライ兄さんが隠したのだと言う。
ラジオはアーミッシュが持ってはいけない物の一つ。もしこのことが知られたら洗礼を受けられなくなるし、父さんは村の人たちからシャニング(仲間はずれの罰)を受けることになる。
いけないと思いながらも、ケティはラジオから流れる音楽の誘惑に勝てなかった。

ある日、シカゴからグロリアがやって来た。母親が入院している間、祖母の家に預けられたのだ。
グロリアはアーミッシュでもメノナイト宗派(アーミッシュはメノナイト宗派から分離独立した)でもないので、母さんはケティがグロリアから悪い影響を受けることを心配していた。
ケティはグロリアの洋服に見惚れ、都会の話に魅了される。そしてグロリアの持つアクセサリー、特に赤いハートのロケットに魅了された。
グロリアはロケットをケティに貸してくれた。赤い小物も洋服も、アーミッシュが持ってはならない物なのだけれど・・・。

ケティはアーミッシュとしてふさわしくなりたいのに、様々な欲望に勝てない。しかし、模範的なアーミッシュだと思っていた両親も、実は欲望と戦っていることを知る。
ケティは自分自身で、アーミッシュであることはどういうことか悩み考え、成長してゆく。

********************

アーミッシュであるとはどういうことなのかが、わかりやすく書かれた小説。アーミッシュを知るための入門書としては最適ではないかと思います。
ケティたちは学校では英語を習うのですが、日常会話はペンシルヴェニア・ダッチ(ドイツ語)。これは古いドイツ語方言らしい。ドイツ系アメリカ人ということです。

物の溢れた現代。物質的に豊かであっても、精神的に豊かであるという幻想は、多くの人々はもはや信じていないのでは?消費経済・消費社会に生きる私にとって、簡素に生きようとするアーミッシュの姿は新鮮であり、理想的に見えなくもありません。
ケティは自分の欲望と葛藤します。そして自分で悩み考えながら、アーミッシュとして生きようとします。ケティのように、彼らは人間の際限のない欲望を抑制することによって、精神的に平安を得ているようです。
しかしそれは簡単なことではないし、様々な矛盾をも抱えているんですね。さらには、年齢を重ねたからといって、欲望と無縁でいられるとは限らないんですねぇ。

訳者あとがきによると、アーミッシュ宗派の人たちが、初めてアメリカに移民したのは1727年。約300年もの歴史があるそうです。
アーミッシュには、ケティ一家のように古くからの規律を守って暮らす「オールド・オーダー・アーミッシュ」と、新しく作った秩序に従う「ニュー・オーダー・アーミッシュ」に分けられるらしい。
後者は電気を引き、電化製品や自動車を所持。共通しているのは、ラジオ・テレビ・電話・テープレコーダーなど通信機器は持っていないということ。ただし、原書は1970年代初期に発表されているので、現在は状況が変わっているかもしれませんが。
ケティ一家は新聞は取っています。洗礼をしていなければ、天気予報を聴くことだけに限って、ラジオを持っても許されるらしい。

作中にあるように、ラジオについてはアーミッシュの間でも意見が分かれるようです。
アーミッシュは決して世間と隔絶しているわけではないようだけれど、グロリアに対するケティの母親の考えのように、多少閉鎖的であることは否めないのでは。
私がいちばん気になるのは、外界からの情報源が非常に限られているということ。昨今の不安定な世情及び世界情勢や、最新の科学的な環境保護の情報、国の制度についても、耳を閉ざすことにならないのでしょうか。実際には彼らがどのような生活をして、どうやって情報を得ているのかわからないのだけれど。

私には避雷針を設置しないことにこだわる父親が理解できませんでした。
聖書の書かれた時代には避雷針は無かったということが理由ですが、もしあったならば使っていたでしょう。たんに存在しないから使えなかっただけだと思うのです。
避雷針があれば火事にならず、人も家畜も救えるし、木材という資源をムダにしなくて済むわけです。「できるのにしない」なんて、私には正しいとは思えません。

ケティは、「世の中がみんなアーミッシュだったら誰が母親の病気を治してくれるのか」というグロリアの意見に反対できない。医者と看護婦は必要な存在なのです。
また、ガソリンは誰かが油田を開発するだけの技術と技能を学んで習得しており、誰かがそこで働いているからこそアーミッシュは入手できるわけです。
ついでに言えば、アーミッシュは徴兵制度から除外されていたそうです。しかし、他の誰かが戦場へ赴き、なかには戦死しているわけですよね。反面リスクもあり、アーミッシュは社会保障を受けられないらしい。

ともあれアーミッシュという世界は、アメリカという国または人々が許容しているからこそ、存在できるのではないかと思わずにはいられない。許容している理由は何なのでしょうか。それほどアーミッシュの生活に魅力があるから?それだけなのでしょうか。
本書だけでは詳しいことがわからないんですよねえ。もっとも、本から得られる知識だけでは、アーミッシュを理解するのは難しいのかもしれませんが。(2006/5/29)

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