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松林図屏風/萩耿介

松林図屏風
萩耿介

My評価★★★

解説:縄田一男
日経ビジネス人文庫(2012年7月)
ISBN978-4-532-19640-0 【Amazon


松林図屏風安土桃山時代から江戸時代初期にかけて活躍した絵師・長谷川等伯(1539(天文8)-1610(慶長15))を主人公とした歴史小説。
本能寺の変に始まり、明智光秀が謀反人として処刑され、秀吉の天下となり、やがて「松林図屏風」が描かれ、家康に召し出されるまで。

絵師として一旗揚げるべく能登から上京した信春(等伯)だが、名を上げようにもときは狩野派全盛期。大きな仕事は狩野派に牛耳られていて、請けようにも隙がない。そんな中、私生活では「さと」という後妻をもらって満たされる。
信春は堺の商人に襖絵を依頼される。その商人、実はキリシタンだった。「この世あらざる絵」を描いて欲しいというのだ。「この世あらざる絵」、その言葉に信春は惹かれるが、囚われたのは二男・久蔵だった。
画才のある久蔵は従来の様式に縛られない己の画風を模索するが、その妄執が彼を自滅へと追いやる・・・。その久蔵、瑞枝に道ならぬ恋をしていた。一方、瑞枝の夫の義晴は、愛人・桔梗との行く末を考える。

信春の前には、相も変わらず狩野派が立ち塞がっていた。彼は狩野派を出し抜いて、一門の名声を上げるチャンスを手中にしようと奔走するのだが・・・。
信春が世話になっていた宗易(利休)は、信長亡き後は秀吉に重用されていたが、利休と秀吉との間に軋轢が生じていた。そして利休は・・・。

********************

長谷川等伯と彼の「松林図屏風」が主題ということなので読んでみました。カバー画はその右隻部分。「松林図屏風」は国宝、その他にも一部の画が国宝、多くが重要要文化財に指定されています。
私は、「松林図屏風」は世界の名画と肩を並べ得る、日本文化の真髄を表わした名画だと思っています。当然、それを描いた等伯にも興味があります。

本作は、第2回日経小説大賞受賞作を文庫化したもの。歴史を知らなくても読めますね、これは。文章はサラリとし過ぎている感はあれど上手いと思うし、盛り上げ方を心得ていると思うので、一般ウケはするでしょうね。
ネットで検索すると世間的に評価は高いようです。でも、私にはちょっと・・・。

長谷川等伯は、信長-秀吉-家康といった乱世を行き抜き、狩野派を追い越して権力者の下で成功を収め、己の画業を究め一門を隆盛に導いたのです。
また各流派の画風を研究し、それを貪欲に自分の画に取り入れることに怠りない。画風に関しては貪欲な人だったと思うんです。しかしそれ以前に、クライアントの要望に適切に応えれなければいけないのですが、それにはクライアントが何を求めているのか察することができなくてはいけない。クリエーターとして、営業として、経営者としての手腕が求められるわけですよ。
そんな等伯が我執を捨てて達した境地が「松林図屏風」なのです。そこに描かれているのは彼岸への道だと私は思います。
松林図屏風に描かれた境地は、ある日突然ポッと思い浮かんだわけではなく、そこへ至るまでの道筋の端々が他の画業にも表れているのです。等伯は此岸に美しさ愛おしさを抱きつつ彼岸を視ているよう。そういう人物にしては、この小説の等伯像は凡庸に感じました。
ただ、久蔵の絵への執念は迫力があり、読み応えがありましたよ。久蔵の気魄が等伯にもあればよかったのに。

問題は、何が等伯を「松林図屏風」の境地に向かわせたのかという点なのですが、そこが曖昧なため納得できなかったんです。
私は乱世という時代だと思うのです。信長、光秀、秀吉といった昨日の権力者が明日は討たれるかもしれない時代。いつ戦が起こるかわからない、一旦戦が起きれば屍が転がるわけですよ。明日確実なことは何もない、そんな殺伐とした時代の無常観だと思うのです。
しかし、私としてはあまりにも現代的感覚で書かれているため、どうにも戦国の世という気がしませんでした。
だって乱世ですよ。食糧が充たされ、医療や治安、社会保障制度が整っている現代とは違うはずなのです。ですが、現代との時代の違いが感じられない。ともすれば、読んでいると現代社会を想像してしまうんですよねえ。
ライバル狩野派を打ち破って日本一を目指す気のいいおじさん企業家の立身出世物語をベースに、主人公を支える家族と弟子と家族の問題、脇役たちの恋と人生模様といったホームドラマを絡めたような。そういう意味ではストーリー展開が上手いのだろうけど、新鮮味はなかったな。私が読みたいものではないし。

等伯と「松林図屏風」についての内容なので手厳しくなりますが、正直言ってガッカリでした。私には満足のいく作品ではなかったです。魅力ある題材と時代、歴史的人物を配しているのになあ。(2012/7/27)

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花火師リーラと火の魔王/フィリップ・プルマン

花火師リーラと火の魔王
フィリップ・プルマン

My評価★★★★

訳:中川千尋
カバー画・挿画:くすはら順子
ポプラ・ウイング・ブックス(2003年8月)
ISBN4-591-07810-8 【Amazon
原題:THE FIREWORK-MAKER'S DAUGHTER(1995)


昔、ジャングルのとある国に、花火師の父ラルチャンドと娘リーラが住んでいた。
リーラはラルチャンドの仕事を手伝いながら、花火作りの技を覚えて、一人前の花火師になろうとします。ところがラルチャンドは反対。娘に結婚してほしいと思っていたのです。
一人前の花火師になるためには、最後の秘密を知らなければならない。でもラルチャンドはその秘密を教えてくれません。リーラの友だちで、高貴な白いゾウのハムレットを世話するチュラクは、彼女のためにラルチャンドから秘密を聞き出す。

最後の秘密、それはメラピ山奥深くに住む、火の魔王ラズバニが持っているモノを手に入れること。
リーラはメラピ山へと向かうのですが、肝心のことを知りませんでした。ハムレットとチュラクは、リーラを助けるため後を追う。

********************

軽快でユーモラスな物語。主人公が花火師という職業なためか、何かドカンとやってくれそうな期待感があります。
どことはいえないアジアのジャングル。リーラは花火師になりたい一心で、火の魔王ラズバニの住む山へ。後を追うのは、恋するゾウに会いたいがため、王家から自由になりたいゾウのハムレット。ハムレットは高貴な白いゾウなので、王家の特別なゾウなんですよ。
リーラはハムレットとちゃっかり者の少年チュラクに助けられます。リーラはメラピ山で何を手にするのでしょうか?

二人と一頭が山から戻って来たとき、花火師ラルチャンドとリーラの腕が試されます。メラピ山での出来事よりも、花火大会の方が山場!
スパーキントン大佐は、花火というよりサーカスという感じ。リーラの花火はもうちょっと描写してくれてもよかったのにな。
チュラクのおじさんランバシと、彼の一党が頻繁に登場し、その度に職を変えていて騒動を起こす。このランバシと一党のドタバタが楽しい。あんまり情けないので、今度こそ成功してほしいと肩入れしちゃうんですよねえ。
ともあれ、理屈抜きで楽しめる愉快な物語でした。(2004/2/7)

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この湖にボート禁止/ジェフリー・トゥリーズ

この湖にボート禁止
ジェフリー・トゥリーズ

My評価★★★★

訳:田中明子
カバー画:中釜浩一郎
福武文庫(1990年12月)[絶版]
ISBN4-8288-3173-8 【Amazon
原題:NO BOATS ON BANNERMERE(1949)


ビルと妹スーザンと母親のメルバリー一家は、カバーランド(現カンブリア州)にある、いとこフェイの遺産の別荘「せせらぎ荘」に引っ越してきた。
別荘は湖に面していて、湖は「旗の湖(うみ)」といって、真ん中島があり、向こう岸には黒旗山がある。
ビルとスーザンは、フェイの持ち物だったボートを見つけたので、島を目指して湖に漕ぎ出した。ところが、アルフレッド・アスキュー卿に、ボートを禁止されてしまう。
島はアスキュー卿の土地で、鳥類保護区のため立ち入り禁止だという。ビルとスーザンはボートを使えずガッカリ。

二人はそれぞれ新しい学校へ通い、ビルにはティム、スーザンにはペニーという友だちができた。
ペニーの話によると、島が鳥類保護区というのはウソらしい。少年たちはアスキュー卿の言動をあやしく思い、彼の身辺を探り始めるうちに意外な事件に遭遇する。

********************

ジェフリー・トゥリーズ(1909-1998,イギリス)による、イングランド北部の湖水地方を舞台にした宝探し冒険小説。物語は、作家志望の少年ビルによる手記の形をとっています。ボートの使用を禁止されたことから、話は思わぬ方向へ。
湖水地方の風景や日常生活、学校生活、歴史を盛り込んだ楽しい物語。湖水地方の地方の雰囲気を満喫ではました。

この作品の楽しいところは、学校も含めた日常生活の中で、様々な出来事や事件が起こること。つまり事件が日常生活の外で起こるのではなく、あくまでも日常生活内で起こり処理されるのです。これが全然退屈しないんですよ。また、現代の日本人でも違和感なく読めると思います。
主人公のビルは、女の子を意識したり、クリケット大会より女学校のパーティーに行きたいと考えたり、作家になるべく先生の言葉を胸に刻むこともあれば、ときには先生に怒られたり。少年のごく普通の日常の姿が等身大に描かれていて、それがこの物語を生き生きさせているのでは。

おそらくは都会から、湖水地方に引っ越してきたメルバリー一家。このメルバリー家ですが、母親は離婚していて、女手一つで子どもたちを育てているんです。経済的に苦労しているけれど、明るくて前向きで、ときには茶目っ気も見せるチャーミングな母親。
母親と女学校のフローリー先生は、極めて現代的な女性のように描かれています。一方、お年寄りで厳格なキングスフォード先生は、いかにもイギリスの老教師といった感じで、グラマー・スクールの雰囲気が伝わってくるような。

この作品には、続編が4作あるのだそうです。2作目は田中明子訳『黒旗山のなぞ』(学習研究社(1971)、少年少女文庫学研(1978)どちらも絶版。作者名は「トリース」)。以降の巻は未邦訳なのだそうです。

備考:2006年6月に福音館書店から、多賀京子の新訳が刊行されました【Amazon】。作者名は「ジェフリー・トリーズ」。(2006/10/2)

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