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王道/アンドレ・マルロー

王道
アンドレ・マルロー

My評価★★☆

訳:滝田文彦
新潮文庫(1970年9月)[絶版]
ISBN4-10-200404-1 【Amazon
原題:LA VOIE ROYALE(1930)


1920年代、26歳の青年考古学者クロードはフランス領インドシナ(現ヴェトナム・ラオス・カンボジアの一部)へと向かう。
クロードの目的はカンボジアの王道(アンコールやトンレサップ(湖)とメコン河流域を結んでいた主要街道)沿いの密林に埋もれているクメール遺跡の彫刻を発掘し、それを違法に売ってお金を得ることにあった。だが一人では出来ないため、船の中で知り合った冒険家ペルケンに話を持ちかける。
ペルケンはお金を必要としていたが、彼が本当に求めているものは遺跡でもお金でもなかった。

クロードとペルケンは現地でガイドと下僕を雇い、寺院を探し当てて壁から彫刻を切り出す。しかしガイドのスヴァイに彫刻を積んだ荷車を持ち去られ、密林に置きざりにされる。クロードたちはフランス未帰順地帯へ踏み込まざるを得なくなった。
ペルケンはモイ族の酋長と交渉しようとするが、そのときペルケンと因縁のある白人グラボが囚われていることを知る。ペルケンはクロードとグラボを連れて、未帰順地帯を脱出しようとするが・・・。

********************

フランスの作家・政治家アンドレ・マルロー(1901-1976)の実体験に基づく小説。
アンコールの遺跡のほとんどはフランス人が発見したもので、マルローもその一人。マルローは1923年夏に、密林に埋もれたバンテアイ・スレイ寺院を発掘し、遺跡の一部を国外へ持ち出しそうとして逮捕された。いわゆる「アンコール事件」で、ガイドブックにはこの事件についての簡略が載っているます。マルローの小説と政治家としての手腕は忘れられても、彼が起こした事件は現代まで語り継がれているんですねえ。
しかし、マルローのおかげでバンテアイ・スレイが発見されたことは確か。この寺院群と彫刻は非常に美しく、クメール建築彫刻の最高傑作と言われるほど。実際にとても美しい遺跡でした。
密林の樹木は生育が旺盛で、石材の間から成長した樹木のせいで寺院が崩壊寸前になります。それを防ぐことができたのは、マルローの発見によって保護されたからではないでしょうか。

この小説、出だしはコンラッドの『闇の奥』を彷彿させるだけれど、途中から闇の奥とは違うことがわかってくる。似てはいるけれど、根本的に異なります。私には一読して作者が何を書きたかったのかわからなかったけれど。
訳者はあとがきで、『王道』は本質的に"余白"に終わった男たちの生涯を描いた作品である。(p218)とあるんです。まあ、そう考えるしかないかな。そう考えないと意味を成さない作品かも。

主役はクロードがようであるのだけれど、真の主役はペルケンでしょう。
各地ではフランスと抵抗部族が対立し、さらに各部族が対立している。そんな混乱のカンボジアで、ペルケンは領土を所有しているのです。彼がこの地で何をしているのかということよりも、「何かをしようという激情」こそが肝要なのではないでしょうか。彼の胸の裡を掻き立て、行動へと走らせる熱情。しかしそれは空しく散ってゆく・・・。
自分自信に対する挑戦という意味において、ペルケンは冒険家といえます。そんなペルケンに惹かれるクロードですが、彼にも冒険心があると言えるかもしれない。
この小説では、アンコールの遺跡について考古学者としての視点から語られるのかと思ったのだけれど、そうではありませんでした。
マルローがお金目的だったのかは定かではないけれど、クロードは遺跡を換金することを目的としている。クロードがお金をほしがった理由は、彼の生い立ちが関係しています。クロードにもペルケンにも大義はなく、あくまで自己の問題なんですよ。

しかし、なぜ彼らは異国の地で冒険するのだろう。それは二人の故国での境遇にある。西欧社会のアウトサイダーである彼らは、故国で得られなかった居場所や立場を、異国で得ようとしているように思われてなりません。利益よりも、自分という一個の独立した存在を感じ取りたかったのではないのでしょうか。
だがその舞台が混乱の植民地カンボジアであり、この地を利用することしか考えていないように思われ、しかも罪の意識がまったくないため、私には宗主国である白人の利己主義としか思えませんでした。

備考)同文庫は1994年に復刊したけれど、現在は絶版。現時点では渡辺淳訳の講談社文芸文庫(2000年4月)【Amazon】があります。(2005/2/25)

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ヨーロッパのお茶の時間/山本ゆりこ

ヨーロッパのお茶の時間
山本ゆりこ

My評価★★★★

ピエ・ブックス(2006年8月)
ISBN4-89444-541-7 【Amazon


ヨーロッパのお茶の時間菓子・料理研究家の著者が、イギリス、オランダ、ドイツ、ベルギー、フランス、スペイン、イタリアの主要都市で出合ったカフェとお菓子の雰囲気を紹介。ここでいうカフェとは、歴史のあるクラシカルなお店ではなく、近年のカジュアルなお店。
また、お茶まわりの雑貨と、スーパーマーケットで一般的に売られている、かわいいパッケージのキャンディやチョコレートもチョイス。
それぞれの国のカフェの空気感のエッセンスをテーブルコーディネートで再現し、日本の人たちが実現しやすいようアドバイスした本。

フルカラー写真がたっぷりで、見応え充分。私には甘すぎるテイストだけれど、雑貨を眺める感覚で楽しめました。かわいい雑貨やお菓子を好きな人にはたまらないのでは。
国によってお茶事情とその周辺雑貨、お菓子が微妙に違うんですね。その違いがわかりやすく、面白かったです。
トイツのクーヘンとトルテの違いは初めて知りました。

ドイツのアルツベルグ(ARZBERG)社もこの本で初めて知ったのですが、検索してみると、見たことのあるコロンとした形の白いポットが!
Form1382シリーズのティーポット。これは堀井和子さんの本に載っていて、ツマミが取れても接着剤でくっつけて使っているという愛用のポット。
70年以上前に発表され、現在も作られているそうです。このポットいいなあと思っていたのだけど、アルツベルグ社の製品だったんですね。いやあ、検索してみるもんですねえ。ただし日本では入手困難だとか。

つい話が逸れてましいました。
その他にも意外な発見があって面白い。一読したときは読み流してしまったけれど、気をつけて読むと、様々な情報がサラリと書かれているんですよ。文章が少ないわりに、かなりの情報量だと思います。
カフェと、カフェまわりの雑貨、お菓子作りに興味のある人におすすめです。(2013/2/22)

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エリダー/アラン・ガーナー

エリダー 黄金の国
アラン・ガーナー

My評価★★★☆

訳:龍口直太郎
挿画:Charles Keeping
評論社(1968年7月)
ISBN4-556-01080-5 【Amazon
原題:ELIDOR(1965)


見知らぬ横丁を探検していたワトソン家の子どもたち、ニコラス、デイヴィッド、ヘレン、ローランド。子どもたちは取り壊し中の古い教会に入り込む。そこでヴァイリオンを弾く老人に出会い、黄金の国エリダーへと辿り着く。

ヴァイリオン弾きの老人は、自分は王のマリブロンだと名乗った。
マリブロンは、ローランドに暗黒の闇の力に覆われて光が風前の灯火となったエリダーに、光を取り戻してほしいと言う。そのためにヴァンドウィーの丘に隠された三つの宝を、ローランドたちに探して出してほしいと頼む。
宝を見つけるのは、別世界から来たローランドたちにしかできないからだった。

子どもたちは宝を発見するが、伝説によるとエリダーが暗黒の力に打ち勝って救われるのは、「フィンドホーンの歌が聞こえるとき」だという。だが、フィンドホーンとは誰なのか、その歌とはどんな歌なのか知る者はいない。

マリブロンの頼みで、子どもたちは宝を自分たちの世界へ持ち帰り、時至るまで安全に保管することになった。
だがローランド以外の子どもたちは、エリダーや宝のことを忘れたいと願っていた。エリダーという国も宝もなく、夢を見たか集団催眠にかけられたのだと・・・。
しかし、ワトソン家の周りで奇妙な現象が起こり始めた。やがてエリダーの世界から闇の勢力がワトソン家に忍び寄り、子どもたちの身に危険が迫る。
エリダーを、そして子どもたちを救うフィンドホーンとは?

********************

物語はエリダーよりも子どもたちの世界が中心となって語られます。黄金の国エリダーがどんな世界なのかほとんど語られていないので物足りなく、エリダーでの闇の勢力への危機感が感じられなかった。
エリダーと子どもたちの世界は、いわばパラレルな関係で、二つの世界は微妙に影響し合う。エリダーが闇に覆われて光を失うと、いつかは子どもたちの世界にも影響が現れる。電磁波が世界間を越えて影響を及ぼすところは、ちょっとSFぽかった。

二つの世界では、物事がまったく違って見えることがユニーク。
ローランドたちが持ち帰った宝は、エリダーではいかにも宝といった感じなのに、子どもたちの世界ではガラクタにしか見えないんですよ。
そのため子どもたちは、自分たちが夢でも見ていたのだろうと考えます。エリダーなどという世界はないのだと・・・。ですが本心は、恐れからエリダーを否定しているんですね。

救いをもたらすフィンドホーンとその歌とは何か?
クライマックスでようやく明らかにされるのですが、イメージ的にはいいのだけれど、なぜフィンドホーンの歌に闇を払う力があるのか説得力に欠けると言わざるを得ません。作者は神話・伝説を巧みに織り交ぜているのですが、フィンドホーンの歌にも何か元ネタがあるのでしょうか。
そもそも闇の勢力とは何なのかがハッキリしないため、読後はもどかしさが残りました。いろいろと説明不足だと思います。
つまらないのではないんですよ。ただ、全体的にイメージが先走りしすぎている感があり、上手く言語化されていないように思いました。(2004/4/27)

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