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手仕事の日本/柳宗悦

手仕事の日本
柳宗悦

My評価★★★★★

解説:熊倉功夫
小間絵:芹沢介
岩波文庫(1985年5月)
ISBN4-00-331692-4 【Amazon


柳宗悦(1889-1961)は、昭和初期に興った民芸運動の中心的存在。彼は「民藝」という言葉を使った(作った)。民藝とは、簡単に言えば日常的に使う道具、民衆的工芸という意味。『後記』によれば、著者は20年近くの歳月をかけて(大正末ごろから調査を始めたことになる)、北海道を除く全国(沖縄含む)に赴いて調査したという。
解説によると、執筆したのは戦時中の昭和17年ごろ、翌年脱稿したが戦争のため出版できず、戦後の昭和21年に出版。
小間絵とは、小間物を描いたイラストのこと。後に人間国宝となった芹沢介(1895-1984)が描いている。戦災で焼失したため、すべて描き改めたそうだ。

本書は、次第に日本各地から失われてゆく伝統的な手仕事(民芸品)を記録している。現代では民芸品というと高価な芸術品というイメージがあるけれども、柳のいう民藝品とは、あくまでも(当時)庶民が日常的に使っている道具、いわゆる実用品・日用品だ。彼の審美眼に適った道具と、それらに施された美しさを探っている。
しかし、本書はたんに手仕事を記録し紹介する本ではなく、手仕事を通じてその背景にある日本的な美、日本的な文化と精神、日本と各地方のあり方、日本及び日本人の指針を書いた本。

日常生活ではまず見ることがないけれど、いまでも民芸品として作られている物もあれば、郷土館か博物館へ行かなければもはや見れないような物もある。なかには、文章だけではいったいどんな物なのか想像できないような物もあった。囲炉裏関係の道具とか背負籠、蓑や雪帽子なんて、いまの生活には必要ないもんなあ。
行李もいまはもうないだろうけれど(ひょっとしたらどこかで作られているのかもしれないが)、日本のように湿度の高い国に合っていたのではないのかなあ。
そういった物を作ったのは、いまで言う作家やアーティストではなく、「職人」だ。彼らは名を残さない。ほとんどの職人は、自分の作った物に銘を入れることはない。しかし、職人は自分の仕事に誇りを持っているため、仕事を疎かにしない。自分の名を誇るのではなく、仕事を誇るからだと言う。

著者は工業製品(大量生産品)を否定しているわけではないが、工業製品は手間とコストを抑えて大量に作られるのだけれど、美しさが伴わないと言う。私が思うに、良い物は年月を経て多少くたびれはしても、それが味になったりする。けれども雑な物は、年月を経るとボロくなるだけで、決して味わいを生み出さないだろう。古くなっても使用と審美に耐えられる物と、古くなると使えないのは元より醜くなる物があると思う。この場合、味わいと愛着は必ずしも一致するわけではない。

柳宗悦にとっての美しさとは何なのか。端的に言えば、著者は<健康な美しさ>だと言う。「ああ、なるほど」と思ったね。何が「なるほどなのか」説明するのは難しいのだが、自分なりにピンとくるところがあった。美しい物とは、美しさとは何なのか、そのことを知るためだけにでも読んだ甲斐があった。
思うに、変に懲りすぎると美しくない物が多い。また、見てくれに走って、使い勝手が悪かったりする。そういった物は、使う人のことを考えずに作られたのだろう。良い物は使い勝手もいいのだから。凝るのがいけないというわけではないのだけれど、懲り方に問題があるのだろう。
反面、使い良い物は見た目がシンプルな物が多いように思われる。シンプルでムダがないんだけれども、ニュアンスがあって美しさもある。美しさは品とも言う。
毎日使うのだから飽きない物がいいし、毎日目にするのだから、目に心地よい物がいい。しかし残念ながら現代では、本書で柳宗悦が懸念し斯くあるようにと描いてみせた理念とは、様々な点でほど遠いのではないかな。(2005/10/2)

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