スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ロサリオの鋏/ホルヘ・フランコ

ロサリオの鋏
ホルヘ・フランコ

My評価★★★★

訳:田村さと子
河出書房新社(2003年12月)
ISBN4-309-20398-1 【Amazon
原題:Rosario Tijeras(1999)


1980年代末のコロンビア第2の首都メデジン。夜明け前、キスの最中にロサリオは撃たれた。病院でロサリオの手術を見守るアントニオ。
看護婦に訊かれても、ロサリオの苗字は誰も知らない。みんなはティヘーラス(鋏)と呼んでいた。ロサリオ・ティヘーラスと。ティヘーラスとは、ロサリオが痛い目に遭わせた奴の一件からとられたあだ名だった。
アントニオはロサリオとの日々を回想する。彼はロサリオを、ひそかに愛していたが、親友の恋人なので口にできなかった。

ロサリオは極貧の出自と境遇から逃れようと、「最高に危ない奴ら」の指示に従っていた。彼女はバッグにピストルを忍ばせた美しい殺し屋だった。気に入らない奴にはキスとピストルを!彼女のキスは死人の味がするという。「誰もあたしを殺せないわ。だってあたしって毒草だもん。」(P7)
罪の意識からか飽食し、ドラッグに溺れるロサリオ。何度も人生を変えようと思うが、結局は元の世界へと戻っていくロサリオ。
上層階級の青年アントニオとエミリオは、そんな彼女に振り回されながら、彼女に魅せられずにいられない。誰もが彼女の美しさと激しさに、惹かれられずにはいられないのだ。

********************

時間としては夜明け前から明け方まで。病院待合室でアントニオは、ロサリオのことと、彼女とエミリオと過ごした日々、彼女への想いを回想し続ける。
実は物語の中で、語り手であるアントニオの名が出てくるのは、ラスト間際の一度きりしかない。これはアントニオの想いが彼一人だけのものではなく、ロサリオの周囲の人間を代弁しているからではないだろうか。またロサリオとアントニオは、陰と陽の関係にあるからではないかと思われる。
アントニオの立場からみると、この作品は純愛小説となる。だが、恋愛ものの苦手な私としては、アントニオが己の恋心を独白するシーンは、しつこいほど多く感じる。
この作品の魅力はなんといってもロサリオだ。彼女の攻撃的な激しさと、悲痛なまでの脆さ。両極へと揺れ動く心情にある。

訳者あとがきにマリオ・バルガス=リョサの言葉が載っているのだが、バルガス=リョサの言うように、作品がパチパチ音を立てている感じがする。パチパチと火花を散らしているのは、ピカラ(ピカレスクのピカロは男性形だが、その女性形)のロサリオだ。「血が熱い!」という感じだ。
ロサリオはなぜそんな言動に走るのか?
彼女は内心の悲痛さとは裏腹に、メデジンのスラムの英雄となり神格化されてゆく。なぜ彼女が神格化されるのか、それには物語の背景となる当時のコロンビア及びメデジンの社会状況ゆえだろう。これは訳者あとがきを読んでもらいたい。日本人にはとても想像しがたい劣悪な状態なのだ。そのためスペイン語圏での本書の受け止め方と、日本や欧米といった先進諸国の人々との受け止め方は、かなり異なるのではないかと思う。

ホルヘ・フランコ(1962年,コロンビア生まれ)は、第2のガルシア=マルケスと呼ばれているという。ガルシア=マルケス本人も彼を多く評価しており、映画テレビ国際学園の講師に招いたという。
本書(ちなみに3作目となる)だけではまだフランコの作風がわからないので、他の作品も読んでみたい。今後に注目したい作家だ。(2003/12/31)

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへにほんブログ村 本ブログ 海外文学へ

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

この小説の映画がありました。日本では「ネイキッドアサシン」という変な名前が付いています。

No title

ERNESTOさん

はじめまして。映画化されていたんですか。「ネイキッドアサシン」というのは、ちょっと違うんじゃ・・・。原作の内容からすれば、「アサシン」は見当違いだと思います。

検索してみたら、レビューなどをみると、どことなく原作と雰囲気が違うような印象を受けました。
でもまあ、実際に映画を観てみなければなんとも言えないのですが。
プロフィール

H2

Author:H2
My評価について
=1ポイント
=0.5ポイント
最高5ポイント

最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
FC2カウンター
検索フォーム
リンク
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。