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ボリス・ゴドゥノフ/プーシキン

ボリス・ゴドゥノフ
プーシキン(アレクサンドル・プーシキン)

My評価★★★☆

訳・解説:佐々木彰
岩波文庫(1957年9月)
ISBN4-00-326045-7 【Amazon


16世紀末~17世紀初頭の動乱時代のロシア、ゴドゥノフ朝の覆滅を描いた戯曲。雷帝イワン4世(1530-1584)の没後、ボリス・ゴドゥノフ(1551-1605)が帝位に就いた。ゴドゥノフは帝位に就くため、イワン4世の子ドゥミトリイを暗殺したと云われている。
破戒僧の青年グリゴーリイは、自らを皇子ドゥミトリイと名乗った。貴族たちは僭称者と知りつつも、グリゴーリイを利用してポーランドなどの外国勢力と手を結び、ゴドゥノフ朝転覆を企む。僭称者はモスクワへ進軍し、士族や農民は彼を支援するが・・・。

********************

アレクサンドル・セルゲーエヴィチ・プーシキン(1799-1837)の1825年の作品。
解説によると、発表当時検閲をパスできなかったため、1831年まで出版できなかった。舞台で上演されたのは、さらに40年近くを経た1870年だという。ただ、当時の批評家や読者の多くには理解されなかったらしい。
史実ではイワン4世の子ドゥミトリイが暗殺されたのかどうか、真偽のほどは定かではない。だがその後、偽ドゥミトリイが現れ、貴族階級が偽者と知りつつも支援し、外国勢力と手を結んだ。そしてゴドゥノフは転覆し、偽ドゥミトリイが帝位に就いた。ここまでが本作の内容となっている。

貴族階級はゴドゥノフ朝が滅亡すると、グリゴーリイを僭称者として告発して陰謀によって殺害する。いわゆる口封じだろう。その後、商工業地区を背景とする貴族が帝位に就いたが、反発した士族階級が叛旗を翻し、貴族対士族の抗争となった。貴族と士族の反目は、皇帝ゴドゥノフと司令官バスマーノフの会話に表れている。
一連の動乱の背景として、訳者は16世紀中ごろから始まる貨幣経済の発達と商業資本主義の成長による、経済構造の変化を挙げている。経済構造の変化は、農民の搾取と農奴化の強化を伴ったため、社会的不満が増大したという。この辺りの事情は同時代の西欧と似たようなものだろう。また、日本では商業が発達した時代で、似たような経緯を変遷している。

この戯曲がなぜ検閲に引っ掛かったかというと、権力者と人民との関係を描いており、権力者と権力の欺瞞を批判しているからであろう。なによりも「世論」を扱っていることにあるのではないだろうか。
人民たちはボリス・ゴドゥノフの圧制に不満を抱いているが、彼らの不満はゴドゥノフだけに向けられているのではなく、権力そのものへと向かっている。その決定打がラストの一行にある。
解説によると、作者は当初は違うラストを用意していたが、現行のように書き改めたのだそうだ。このことを知るのと知らないのとでは、随分印象が異なってくると思う。なぜ書き直したのだろう、と考えるとそれまで漠然と感じていた作者の意図が、ハッキリみえてくるからだ。
書き改められたことによって、この戯曲の真の主役が人民であること、権力の欺瞞が鮮明になったのではないかと思う。(2005/3/4)

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