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ナイーヴ・スーパー/アーレン・ロー

ナイーヴ・スーパー
アーレン・ロー

My評価★★★★★

訳:駒沢敏器
NHK出版(2003年4月)
ISBN4-14-005415-8 【Amazon
原題:NAIV.SUPER.(1996)


これまで普通に暮らしていたぼくは、25歳となったある日突然、すべてのものに興味を失った。周囲との繋がりに意味も関心も見出せず、世界にも自分にも意味があるという実感が沸かない。そして将来の展望(パースペクティヴ)が見えてこなくなった。

ぼくは大学を辞め、海外へ行った兄のアパートで、2ヶ月間暮らすことにした。そして自分自身を見つめ直すために、「持っているもの」と「持っていないもの」のリストを作り始める。さらに「自分の求めているもの」のリストを作り、ボールを購入する。
ボール、ハンマー&ペグ、遠方にいる友人キムとのファックスでのやりとり、5歳の少年ビョーレ、そして一冊の本。それらがぼくと世界との繋がり。

本は時間と宇宙に関する内容だった。時間とは何なのか、時間は存在するのだろうか?あり余るほどの時間があるのなら、それは無いことと同じではないのか?ぼくは時間と空間について考えるが、答えは出ない。
ぼくはリセと知り合い、兄に誘われて、展望(パースペクティヴ)を見つめにニューヨークへ。タフなふりだけはしたくないぼくは、様々なリストを作りながら自分自身を組み立てていく     

********************

ノルウェーの現代作家アーレン・ロー(1969年生れ)の小説。
ある日突然、青年が周囲との繋がりと意味を失ってしまった。うまく言えないけれど、外界との接触によって認識される、自己の存在意義がプッツリ切れた状態かな。
何もかもが意味を失い、自己と他者との関係性を見出せなくなる。それはつまり、「なぜ自分がここにいるのかわからない」ことへ至ると思う。鬱病とは違うんじゃないかなと思う。

この作品は「なぜそんな状態になったのか」という原因を追求することになく、「こういうときは、こうすべきだ」という押し付けがましい解決策を示すものでもないと思う。青年の苦しみに焦点を当てたものでも、心理状態を分析するものでもないだろう。
青年の日常生活の断片が淡々と語られながら、一つひとつの断片が確認されて構築されていくまでの、青年の<状態>に意味があるのではないかと思う。そして、あなた(読者)だったらどうするか?と作者から問いかけられているように思われる。
私は読んでいる間、主人公の心の底を見つめていたのではなくて、自分(私自身)の心を見つめさせられる感覚があった。そして、いつしか心の漣がおさまり、静かに落ち着いた気分になった。

これといった事件やドラマティックな展開ではないので、そういったことを期待する人には不向きだろう。感情の揺さぶりや、カタルシスも期待しないように。
でもいいんだよねぇ。熱くならず、かといって冷めてもいないクールさ。押し付けがましさのなさ。<今>に生きる青年の不安。私は彼の不安がよくわかるので、この本にはとても共感できた。ともあれ、これまでありそうでいてなかった小説ではないだろうか。

私が特に気に入ったエピソードは、主人公が語る祖父のこと。祖父は、悪ふざけをしてリンゴの木をダメにした生徒たちに弁償させるのだが、全額弁償金を受け取った時点で、そのお金を生徒たちに返してやる。なぜなら、問題はお金ではないからだと言う。
気になったのは青年が読んでいる本にある、壺の中の紙のエピソードで、考えれば考えるほどややこしい。アメリカ人の理論として挙げられた「2は1よりもいい」は、妙に納得できる巧い表現だと思う。

もしもある日突然、主人公のように外界との繋がりに意味を見失ってしまったら、自分が存在しているということに頼りなさを感じたなら、この本を思い出してほしい。パッと悩みが氷解するわけではないけれど、同じように感じているのは自分一人ではないんだ、ということがわかると思う。(2003/5/18)

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