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今かくあれども/メイ・サートン

今かくあれども
メイ・サートン

My評価★★★★★

訳:武田尚子
みすず書房(1995年2月)
ISBN4-622-04590-7 【Amazon
原題:AS WE ARE NOW(1973)


中産階級の家に生まれ育ち、生涯結婚することなく数学の教師として40年間教鞭を執った、76歳のカーロ・スペンサー。彼女は一人暮らしをしてきたが、心臓発作を起こして倒れた後、階段の昇降がままならず、記憶力も覚束なくなった。
そこで兄のジョンとその恋人ジニーのいる家に身を寄せるのだが、ジョンもまた介護を必要とする身だったのとジニーとの折り合いが悪かったのとで、カーロは個人経営の老人ホームと言う名の姥捨て山『双子ニレの家』で暮らすことになる。

ホームはハリエット・ハットフィールドが切り盛りし、娘のローズが手伝っていた。ハリエットは老人たちの上に君臨する、いわば悪意に満ちた独裁者だった。ハリエットは老人たちを意志のある人間として扱わない。老人たちの意気を挫き、人間としての尊厳を剥奪する。
なかでも中産階級の出で自分の意思と尊厳を守ろうとするカーロを憎んでいて、何かとカーロに意地悪く当たり、意気を挫けさせようとする。しかし事がホームの外へ洩れないよう巧く立ち回っていた。

カーロは日記をつけることで、衰えた記憶を補おうとする。日記には、老いるということはどんなことなのかが綴られる。ホームの現状に対する行き場のない怒りと、独立した意志を持つ人間であることを確認し、それを守ろうとする強い意志と挫折を綴る。いつか誰かが日記をみつけて、世間に公表してくれることを望むのだが・・・。

********************

メイ・サートン(1912-1995)はベルギーに生まれ、4歳時に両親とともにアメリカに亡命。詩人・小説家。
訳者あとがきによると、本作はサートンの友人バリー・コールの晩年(作中に登場するスタンディッシュに、コールを重ねているのだとか)と、コールが過ごしたニューイングランドのナーシング・ホーム(介護や医療を必要とする老人施設)をモデルにしているという。
1973年当時のナーシング・ホームを舞台とした小説。だが、これが一部のナーシング・ホームの実態とさほどかけ離れてはいないであろうことは、訳者が挙げた1976年にニュージャージー州で制定されたナーシング・ホーム居住者のための権利宣言から容易に想像がつく。
訳者は大規模なナーシング・ホームでも似たり寄ったりだったと言う。1980年に出版された資料名も挙げられており、あまり改善されていないように語っている。

「老いる」とはどういうことなのか、どんな状態になるのか、(当時の)老人ホームはどういう状態なのかを、作者の分身のようなカーロを通じて語られる。「老人の人権」「人間としての尊厳」とは何なのかを詳らかに検証し宣言した小説と言えると思う。

ハリエットが旅行で留守にする間、農家の主婦アンナが雇われる。有能でやさしいアンナは、カーロに歓びをもたらす。アンナはカーロに、自分が生きるに価する人間だと思わせる。ハリエットとアンナは対照的だが、そのため問題がどこにあるのかが明確にされる。
こういった施設ではソフト・ハード両面の充実はもちろん大事だが、最も大事なのは数値化できない部分にあるだろう。マニュアルがあったとしても、マニュアルでは実現できない部分だ。それは、たとえ無言でもやさしく肩に置かれた手というような、さりげない気遣いではないだろうか。要は意思の疎通ができ、それを表現できるかどうかということか。

牧師リチャード・ソーンヒルは、カーロの力になろうとする。しかしソーンヒルもアンナも外部の人間でしかなく、常に施設に居られるわけではない。なので施設の実態を完全に把握しているとは言えない。
カーロは、ソーンヒルが彼女の言うことを信じてくれないのではないかと恐れる。また、ハリエットの報復も恐れている。彼らが立ち去れば、依然としてハリエットの天下なので、ここで過ごすしかないカーロは自由に発言することができない。
問題点は、閉鎖的空間の出来事は、外部の人には何が起こっているのかわからないということ。さらに、記憶に障害を持っていたりする老人の言うことに、キチンと耳を傾ける人が少ないということだろう。もっとも、手に負えない人も現実に存在するということだが。

非常に重いテーマではあるが、だからといって目をそむけてはいけないと思う。
他人事ではなく、早逝しなければいつか迎える問題だからだ(でも、ネガティヴな気分のときに読むのはあまりお勧めできない)。正直に言って、読むのがとても辛かった。冷静に書かれているのだけれど、冷静に読むのが難しかった。なのでまだ消化し切れていないため、いつかまた読み返したいと思う。

日本はアメリカより数十年早く高齢化社会を迎えたわけで、家庭介護に限界が見えてきたためもあるだろう、ナーシング・ホームやレジデンシャル型(自立した生活をできる老人のための施設)の供給が求められている。
行政は医療費削減のために老年科を減らし、民間に病院と近接するナーシング・ホームやレジデンシャル型施設の設立と、そこへの入居を促進している。要するに、医療費が嵩むため病院にかかるなということだ。
また、医療費削減のために医者が減りつつあるという。政府主導によって各地にナーシング・ホームができたとしても、スキルとキャリアを持つ必要数の医者と介護士を確保できるのかどうか、甚だ疑問を感じざるを得ない。(2006/6/18)

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