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聖なる酔っぱらいの伝説/ヨーゼフ・ロート

聖なる酔っぱらいの伝説
ヨーゼフ・ロート

My評価★★★★

訳・解説:池内紀
白水社(1989年10月)
ISBN4-560-04242-X 【Amazon

収録作:聖なる酔っぱらいの伝説/四月、ある愛の物語/皇帝の胸像


聖なる酔っぱらいの伝説(Die Legende vom heiligen Trinker.1939)
1934年のある春の宵。セーヌ川の橋の下に住む、宿なしアンドレアス。そんな彼に、見知らぬ紳士が200フランを差し上げたいと言う。
紳士は聖女テレーヌの座す、サント・マリー礼拝堂のミサへ参席した後だった。誰かに親切にしてたくなったのだろう。だがアンドレアスにも誇りがある。そこでお金は受け取るが、日曜日に聖女テレーヌへ返すとことに決まった。
翌日、アンドレアスに仕事がみつかった。働いて金を得た彼は、それをペルノーに費やす。かつての恋人と再会したため散財してしまう。彼は日曜日になるごと、ミサが終わったらサント・マリーへ行って聖女テレーヌに金を返そうとする。しかしその都度、邪魔が入って結局は呑んでしまう。
だが彼はツイていた。呑んで散財する度に、新たな金が懐に入ってくるのだ。しかし遂に借りた金を返そうと決心するが・・・。
備考:1988年、同題名でエルマンノ・オルミ監督が映画化(仏・伊)。

四月、ある愛の物語(April.Die Geschichte einer Liebe.1925)
4月のある夜、列車から辻馬車に乗り換えて、ぶらりと小さな町に着いた私は、何をするわけでもなくしばらく町で過ごす。
通りを行き交う人々を眺め観察し、宿の居酒屋の給仕女アンナと愛し合う。居酒屋の真向かいには、町で唯一2階建ての郵便局があり、局長の家族が住んでいた。その2階の窓辺に、ときおり青い目の美しい娘が見えた。私は居酒屋で、娘が見える位置の席に座り、しまいには郵便局前をうろうろする。
窓辺に見える娘に恋焦がれたのだった。そんな私にアンナは、娘が肺病で死期が間近だと言う
いつしか季節は5月を迎え、すでに28日になっていた。私はもはや自分が町の一部でないことを知り、女たちのことを振り切って旅立つ。

皇帝の胸像(Die Büste des Kaisers.1934)
オーストリア・ハンガリー君主国帰属下(要するにハプスブルク家の直轄領)の小さなロパティニー村。この村に古くからポーランド貴族のフランツ・クサーヴァー・モルスティン伯爵が住んでいた。16世紀にイタリアから出た一族だが、彼は若い頃にオーストリア第九竜騎兵隊に勤務していた。自身を純オーストリア人の一人と思っており、フランツ・ヨーゼフ一世皇帝を敬愛している。
村にはポーランド人やユダヤ人がいたが、伯爵は分け隔てなく領民の嘆願を聞き、仕事を斡旋したりと官庁へ働きかける。彼は村人たちから「高貴な御方」「やさしい御方」と愛されていた。
世界大戦が勃発する数年前、村で行われた大演習に皇帝が姿を現した。村人たちは歓喜に沸き、彫刻家志望の農夫の息子は、記念に皇帝の胸像を作った。胸像は伯爵に進呈され、屋敷の入口に据え付けられた。

そして大戦勃発。もはや若くはない伯爵が出兵し、郷里に戻って来たときにはオーストリア君主国は消滅。彼には自分の郷里が、いつの間にかポーランド共和国となったことが信じられなかった。
何もかもが変わった。だが伯爵と村人にとって、ロバティー村はいまでもオーストリアに属するのだ。新しい権力・支配者を認めることはできない。しかし新政府の役人は伯爵に、皇帝の胸像を撤去するよう命令する。老いた伯爵は村人たちと共に、古い時代の象徴である胸像を、彼らなりの方法で葬る。

********************

何らかの理由で帰る場所・故国を喪失し、漂浪し続ける人々の物語。漂浪と言っても、終着点はなく、あてどなく流れ続けている状態だ。なかでも『聖なる酔っぱらいの伝説』『四月、ある愛の物語』の主人公は、どこにも居場所を見い出せず、どこにも落ち着くことができない。
初めから帰るべき場所をもたないので、故郷というものへの喪失感も悲哀もないように思われる。あるのはどこにも帰属できない者が、儚い夢のように追い続ける、此処ではない何処か。彼らは立ち止まることなく、常に何処かを目指し続ける。
どこかしら「人生とは思いがけないことの通過点の連続」とでもいうように、ヒョイと肩をすくめてみせる感がある。シニカルでも飄々と諦観しているのでもない。諦観はあるだろうが投遣りではなく、どこかに決して消えることのない一縷の希望を秘めているようだ。胸の奥底に細々とながらも希望の灯を。
その点『皇帝の胸像』は、ハッキリと故国喪失者の物語である。失われた、もしくはこの地上から奪われた故郷だ。その故郷は、記憶の中では、つまでも古き良き時代・国なのだろう。
古き良き時代に比べると、新しい国・新しい世界は何もかもが異質で醜悪なので、現実を容認するのは難しいようだ。しかしどん底までの悲嘆・悲哀という感じではない。これは作者の理想なのか気質によるのだろう。

作者のプロフィールは知らなくてもいいのだろうが、知って読むと感慨が違うので簡単に挙げておく。
解説によるとヨーゼフ・ロート(1894-1939)はドイツ系ユダヤ人として、ロシアとの国境に近い東ガリシア(オーストリア君主国の領土だったが、後にポーランド領となる。この本の解説が書かれた当時は、ポーランドとウクライナ共和国にまたがっている)ブロディー村に生まれる。ドイツ語を公用語とする多民族・多言語地域だが、文化圏はウィーンに属する。ウィーン大学在学中、第一次世界対戦に従軍。
大戦修了後、オーストリア・ハンガリー帝国崩壊。1920年、ウィーン生まれのユダヤ人フリーデリケと結婚するが、精神異常の兆候が現われた彼女は、1928年以降は精神病院への入退院を繰り返す。
1929年の世界恐慌を経て、1933年、ヒトラーが政権を掌握。ロートはフランスへ逃れるが酒に溺れて健康を害し、1939年5月にパリのホテルにて客死。
翌1940年、妻フリーデリケはナチス政府が制定した「遺伝子病防止法」を適用され、精神病院で殺される。(2002/7/15)

備考:1995年8月、白水uブックス化【Amazon

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