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雨の中の蜜蜂/カルロス・デ・オリヴェイラ

雨の中の蜜蜂
カルロス・デ・オリヴェイラ

My評価★★★☆

訳・解説:彌永史郎
彩流社(1991年6月)
ISBN4-88202-202-8 【Amazon
原題:UMA ABELHA NA CHUVA (1952)


ポルトガル・モントーロ村の商店主兼農園主アルヴァロ・ロドリゲス・シルヴェストレは、新聞社に原稿を持ち込んだ。原稿には、自分が店の帳簿をごまかしたり使用人の給金をピンハネしたり、行方不明の弟の法定相続分の松林を無断で売却したことが書かれてあった。
彼は罪の意識に悩まされていて、新聞の一面で告白して清算したいと言う。だが本心は貴族の妻マリーア・ドス・プラゼーレスに恥をかかせたいがためだった。

アルヴァロの父親は、家系に貴族の血が加わることを名誉とし、没落した貧乏貴族の娘マリーアを息子の嫁に迎える。
没落したとはいえ貴族のマリーアは、誇り高く冷淡な美貌の持ち主。彼女は気が小さくてささやかな罪をくよくよ悩み、アルコールに浸ってぶよぶよと肥満している夫アルヴァロを嫌悪していた。寝室から追い出すこともしばしばだった。
しかし、裕福とはいえ農園主でしかないアルヴァロは、貴族の誇り高さを理解できなかった。彼はマリーアに始終やり込められて頭が上がらない。機嫌を損ねないようにしていたが、彼女を愛していた。

ある日、寝室から締め出されたアルヴァロは早朝に納屋(パリェイロ)を通りかかり、逢瀬中の男女の会話を盗み聞く。男は馭者のジャシント、女は使用人のクラーラで、盲人の陶工アントニオ親方の娘だった。
ジャシントはマリーアに色目を使われていると言う。それを聞いたアルヴァロは、ジャシントに嫉妬する。そして、娘クラーラを百姓に嫁がせて裕福になりたいと思っているアントニオ親方に、二人の仲を告げ口する。

********************

カルロス・デ・オリヴェイラ(1921-1981)は、ポルトガルの詩人・作家。ガンダラ(曠野。解説によると地名としてもあるが、平坦で砂地の不毛な土地の意味)を舞台とした2日間の出来事。
作中ではずっと雨が降り続き、まるでガンダラには雨しかないように思われる。この土地は元々色彩に乏しいのか、それとも作者が敢えて色彩を押さえたのか、白っぽくて不毛な土地のように感じられる。

この作品は、アルヴァロとマリーアの階級を越えた婚姻によって起こる自己欺瞞、貴族と有産階級、農民と庶民とといった各階級差による摩擦、愛と憎しみが描かれている。
自己欺瞞、それは人々が不毛な土地にしがみついて生きなければならないゆえであろうか。夫婦間の問題も、終いにはガンダラという土地(社会)に収束されてゆくかのようだ。

シルヴェストレ家と付き合いのあるネト医師は、アルヴァロの密告によって引き起こされた悲劇の顛末に立ち会う。そのとき、降り続く雨のなか一匹の蜜蜂が巣箱から飛び出した。だが、雨に翻弄されて地面に墜ちる。蜜蜂は必死にもがくが、雨水に飲まれてどこかへ流されてしまう。これがタイトルの由縁だ。
このラストは諦めなのか憤りなのか、それとも社会に対する必死の抵抗なのか解釈に迷う。ひょっとしたらネト医師こそが真の主役かもしれない、とも思わせる。
アルヴァロ夫婦のその後はわからないが、物語が蜜蜂のシーンで終っているからこそ、夫婦間の問題だけを描いた作品でないのは確かだ。(2002/5/3)

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