スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

黙示録3174年/ウォルター・M・ミラー・ジュニア

黙示録3174年
ウォルター・M・ミラー・ジュニア

My評価★★★★☆

訳:吉田誠一,解説:池澤夏樹
創元SF文庫(1971年9月)
ISBN4-488-64301-9 【Amazon
原題:A CANTICLE FOR LEIBOWITZ(1959)


20世紀の最終核戦争<大異変>によって、科学などの知識ほか文明そのものが失われた遠未来。人類は中世以前の状態にまで後退した。30世紀になり、人類は廃墟の中で文明を再建し始める。すべてが失われた中、災禍を免れた戦前及び戦中の文献を唯一保管しているのがリーボウィッツ修道院だった。
この修道院は文献が散逸したり外部の目に触れないようにし、時至るまで文献を厳重に保管することを目的としていた。人類が再び愚行を犯すことなく、過去の文献(科学などの知識)を、有効に利用できるようになる日まで     

3部構成になっていて、第1部は、ユタ出身の若き修道僧フランシスの物語。フランシスは砂漠での修行中に一人の巡礼と出会い、瓦礫の下に核シェルターを発見する。そこには20世紀の最終戦争時の遺物があった。このことをキッカケに、やがてフランシスは修道院に保管されている文献を復元する仕事に就き、独自に解読しようと試みる。

第2部はフランシスの時代からさらに時が経ち、大陸の各地に国家が現れる。大国テクサーカナは大陸の覇権を狙って、周辺国に戦争を仕掛けようとしていた。
テクサーカナの科学者タデオ博士は、純粋に学問上の理由から、リーボウィッツ修道院の文献を閲覧するためにやって来る。修道長はタデオ博士個人の真意は疑っていないが、テクサーカナが修道院を狙っていることを知っていた。折りしも修道院では、文献から得た知識の実用化が実現しようとしているところだった。

第3部では人類が再び宇宙船を造り、宇宙へ繰り出して惑星探査するまでに科学が発達し、人類が繁栄し始めた世紀。だが、核が落とされたという情報が各地に伝わった。そして核による報復攻撃が始まる。修道院とニュー・ローマは密かにある計画を立てる。もはや一瞬の逡巡も許されない状況だった。

********************

1961年のヒューゴー賞受賞作。第1部と第2部を読んでも、この地味な物語はいったいどんな結末を迎えるのか、サッパリ見当がつかなかった。正直に言って、この本は本当に面白いのだろうかという疑問すら感じていた。第1、2部、そして第3部も、人類の愚かしさが繰り返されるのだ。
だが第3部のラスト(29章。ここが肝心!)でようやく「ああ、こういうことだったのか」と、完全にではないけれど理解し納得できた。
1959年に発表された作品だから科学的な部分とか細かいところで多少の古さは否めないが、全体的には古臭い作品という感じがあまりしなかったのは、人間そのものに主眼を置いているからだろう。キリスト教の教理問答は日本人にはなじみが薄いので理解し難いだろうが、これは時代の違いと、訳にも問題があると思う。

サイエンスを期待すると、たぶんアテが外れるだろう。確かにSFではあるのだけれども、SFというジャンルのみには括れない作品だと思う。なによりサイエンスあるいはガジェットの部分が重要ではないのだから。読後、じわりとくる秘めやかな感慨は、SFのものではなく、文学に近いと思う。
ただ、第2部でタデオ博士とゴート、ドン・パウロの会話にあるように、タデオ博士説が正しければ、大異変後の人類は何者なのかという疑問が生じる。これに対する答えが29章なのだろう。そうなると、浮上するのが全篇に登場する一人物である。彼は何者なのか?彼の言葉どおりに受け止めるべきなのか。それとも彼もまた     

幾度も繰り返される愚行と破滅。だが、それでもよりよい未来を夢見ることを失わず、未来へ希望を繋ごうとする人々が。愚行と破滅が繰り返されるがゆえにこそ、彼らの姿その信念がより鮮明に浮き彫りにされる。自らは名を残さずとも死出の旅路にあろうとも、希望を失わない、あるいは希望を託すことを諦めない。そんなラストのために、この長さは必要だったろう。
解説で触れているように、この作品には政治と宗教の問題、理想主義と現実主義の問題がある。理想と現実は幾度も衝突する。
例えば目の前で行われる安楽死について修道長と官吏が対立するが、どちらが正しいのか?このことは現実にいまだ答えが出ていない。現実に即した考え方や行動力はもちろん必要だが、だからといって理想を失ってはいけない。なぜならば人間はモノではない。だからこそ判断が難しい。
重々しいテーマを扱っていて先の展開が読めないわりには、案外に読みやすかった。瑕瑾はあれども、近頃のSFにはないであろう感慨を持てた。ただし、人によって評価が分かれるのではないかと思う。ともあれ、途中で放棄せず最後まで読んでよかった。(2005/10/18)

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへにほんブログ村 本ブログ 海外文学へ

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

H2

Author:H2
My評価について
=1ポイント
=0.5ポイント
最高5ポイント

最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
FC2カウンター
検索フォーム
リンク
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。