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乾し草小屋の恋 ロレンス短篇集/D・H・ロレンス

乾し草小屋の恋 ロレンス短篇集
D・H・ロレンス

My評価★★★☆

訳・解説:西村孝次
福武文庫(1992年11月)[廃版]
ISBN4-8288-3258-0 【Amazon
原題:Love among the Haystacks

収録作:春の陰翳/乾し草小屋の恋/桜草の道/牧師の娘たち


D・H・ロレンス(ディヴィッド・ハーバート・ロレンス,1885-1930)は、イングランド中東部の炭坑村イーストウッドで働く坑夫とその妻の三男として生まれ、後に苦学して大学へ進んだ。ロレンスが労働者階級の出自であることと、20世紀初頭の道徳観が、各作品に色濃く反映していると思う。
牧歌的な田園を背景とした、恋愛をめぐる四つの物語。ハッキリとは言えないが、恋愛を通じてがんじがらめの社会や自己、肉体から解放される物語と思わせるところがある。それはともかくとして、清澄で美しい自然描写は秀逸。自然描写の好きな私としては文句なし。
各短篇とも書かれた年代を特定しにくいが、解説を元にして最終稿と思われる年代を記した。

春の陰翳(The Shades of Spring.1914)
サイソンはかつて恋していたヒルダに会いに行く。サイソンは結婚していたが、いまでもヒルダと手紙のやりとりや本をプレゼントしていた。
彼は途中で猟場番人の青年アーサーと出会う。ヒルダに求婚しているアーサーは、サイソンがヒルダと合うことを忌々しく思っていた。
サイソンはヒルダと再会するが、二人とも大人となったいまでは、かつての恋が幻影でしかなかったことに気づく。

********************

訳者が解説で「あまりにも青臭い文学青年的」と書いているが、私も同感で、気恥ずかしくなるほど青臭いのだ。興味を惹くのはラストでのヒルダの言動ぐらい。
ヒルダは急いで結婚したからといって何が変わるのか、それよりもいまを謳歌したいと願う。このヒルダの姿は程度の差こそあれ、全篇に登場する女性たちに通じるだろう。

乾し草小屋の恋(Love among the Haystacks.1913)
農場で乾し草を積み上る対照的な兄弟、兄ジェフリーと弟モーリス。逞しい体だが内気で繊細な神経のジェフリーと、口達者で活力に溢れる好青年モーリス。
二人はなかなか女性と知り合う機会がなかったが、モーリスが牧師館に奉公しているパウラと恋仲になる。そんなモーリスにジェフリーは嫉妬する。
小屋の番をするためモーリスが残って泊まることになった。そこへパウラがやって来て、ちょっとしたトラブルによって、二人は小屋で一晩過ごすことになった。
ジェフリーは、雨が降ったのでモーリスを心配して小屋へ見に来た。そこへ昼間出会った娘リディアが雨宿りに来て・・・。

********************

ジェフリーとモーリス、リディアとパウラ、それぞれ対照的な性格の人物を配している。ジェフリーは恋に陥るのだが、あまりにも単純すぎないか。彼の素朴さやひたむきさ、誠実さと熱情は感じるのだが、どうしてもその娘でなければいけない理由がわからない。
そもそも彼は恋に恋しているように思われ、作者自身もそうであるかのように思われるのだ。その辺が青臭いんだなあ。ま、出会いがどうであるかは実際には大切なことではないだろうが。なにはともあれ、とても美しい牧歌的風景。その中で繰り広げられる恋模様。

桜草の道(The Primrose Path.1913)
ヴィクトリア駅でタクシー運転手をしている叔父サットンと出会ったダニエル・ベリー。サットンは何度か妻を変え、外国へ行ったりと怠惰な暮らしをしていた。
二人はサットンの姉で、病身のモード叔母さんを見舞いに行く。その後でサットンが現在一緒に暮らしている娘と、その母親の家へ向う。ベリーはサットンの生活を知り、彼の未来を予見する。

********************

「桜草の道」というのはランボーの詩題にもあるが、解説によるとシェイクスピアの『ハムレット』第一幕第三場、レアティーズとオフェーリアの会話からきているという。その意味するところは快楽・放蕩・不品行、挙句の果ての零落。さらにシェイクスピアは桜草に、死のイメージを付加している。と書くと大体内容が想像できるだろう。
思うにベリーがサットンを、共感していなくても理解できることがポイントではないだろうか。そして、決してサットンのいいなりになるだけではない女たち。それは男女の関係を通じて書かれた、女の権利ではないかと思うのだが。

牧師の娘たち(Daughters of the Vicar.1914)
成功を夢見ていたが、田舎での貧乏を余儀なくされ、尊敬されることのないリンドリー牧師と妻。夫妻は挫折によって子どもへの愛情を亡くしたが、上流階級に嫁いでもらいたがっていた。
姉のメアリーは安定した上流の生活を得るため、教義的には賛同としても嫌悪感を抱くマッシー氏と結婚する。
それを見たルイーザは愛のない結婚を嫌悪し、自分は愛する人と結婚することを誓う。彼女はアルフレッド・デュラント青年に恋していたが、話しをするキッカケがなかった。ある日、アルフレッドの母親が倒れて篤くなり、その場に居合わせたルイーザは看護を申し出る。

********************

リンドリー夫婦は嫌な性格で、自分たちのことしか考えていない。その両親の影響を受けたのがメアリーだ。メアリーは自分の選択に疑問と息詰まるような不安を感じながらも、上流階級を維持したいあまり本心を圧殺してしまう。
メアリーとは対照的に、ルイーザは自分の幸せを希求する。諸々の軛から自由になるルイーザ、その軛に繋がれることで安定した生活を得ようとするメアリー。どちらが幸せなのかわかりきったことだろう。しかしルイーザとアルフレッドは犠牲にしなければならないものがある。
ルイーザもメアリーも、何かを犠牲にしなければならない。肝心なのは、犠牲にして得たものの大きさではなく、何を求めるのかということではないだろうか。(2002/12/7)

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