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ドゥイノの悲歌/リルケ

ドゥイノの悲歌
リルケ(ライナー・マリア・リルケ)

My評価★★★★★

訳・註解・解説:手塚富雄
岩波文庫(2010年1月改版)
ISBN978-4-00-324323-7 【Amazon
原題:DUINESER ELEGIEN(1923)


ドゥイノの悲歌ライナー・マリア・リルケ(1875-1926)はオーストリアの詩人、作家。オーストリア=ハンガリー帝国のプラハに生まれる。ただし帝国は1918年に瓦解。

本書は、リルケが1912年から1922年までの十年の歳月をかけて完成させた、全10篇から成る詩。リルケの代表作であり、近代詩における一つの到達点を示していると思う。
リルケは、知遇を得た侯爵夫人が所有している北イタリアのドゥイノの館に滞在中、霊感が訪れて第1、第2他の悲歌を書いたという。

内容は、人として生まれ、人として生きるために、どのような世界を目指すのか。人の前にはどのような世界が開かれているのか、といった魂の叫び。
10篇のうち第7と第9の悲歌が好きですが、なかでも第9の悲歌の迫力には圧倒されました。

訳者が解説で「言われることが多くて読まれることの少ないこの作」と述べており、その理由は詩篇の難解さからきているというが、まったくそのとおり。難しいと言われる詩集はいろいろあるけれど、これは本当に難解でした。語彙は難しくないんだけれども、その言葉が何を象徴しているのかとなるとちょっと・・・。
この文庫、本編は100ページ少々でしかなく、半分以上が註解なんですよ。註解の助けを借りて、ようやく意味の通る文になったという感じで、理解するまでには到達できてません。
私の読解力はともかく、手塚さんの訳と註解は本当に素晴らしい。改行や段落を下げたりして間をつくり、その間に詩人の胸に去来したであろう様々な感情を込めているんです。間にも意味があるんですよ。手塚訳で読んでよかった。

理解できていないのですが、私に言えることは、このドゥイノの悲歌は哲学であり、芸術です。
世に傑作と言われる詩はいろいろあるけれども、「これは芸術だ!」と思ったのは、私はこのドゥイノの悲歌が初めて。傑作とかいう次元を超えているんですよ!
この詩篇によって、リルケは芸術家であることを証明したわけです。詩人というよりも、本人が目指して到達し得たように、芸術家なのだと思います。(2010/7/30)

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非公開コメント

はじめまして

以前からリルケの詩に関心を寄せていて、いつか『ドゥイノの悲歌』も読んでみたいと考えていました。レヴューを拝見すると、難解な詩のようですね。ですが、
>内容は、人として生まれ、人として生きるために、どのような世界を目指すのか。人の前にはどのような世界が開かれているのか、といった魂の叫び。
という言葉に触れて一層読みたくなりました。不運なことに以前読んだリルケの詩集は僕には訳が稚拙すぎるように感じられてしまって、以降リルケから遠ざかっていたのですけどH2さんの記事で今再びリルケに挑戦する気になりました。有難うございます。
又、御邪魔することになるかと思います。
それでは、失礼いたします。

ご訪問ありがとうございます

小泉さん

はじめまして。ご訪問ありがとうございます。

「ドゥイノの悲歌」は、私には難しかったのですが、註解のおかげでなんとか、という感じでした。
内容に関しては、ちょっとポイントがズレような気がしなくもないです・・・。うまく表現できなかったんです。リルケの思想が詩にうまく昇華されていると思いました。

私は手塚訳は素晴らしいと思うんですけど、訳は読み手との相性があると思うので、なんとも言い難いですねぇ。
少なくとも註解に関しては、この岩波文庫はおすすめです。

No title

はじめまして 
mixiをやっています美森と申します。
mixiの中で「リルケのドゥイノの悲歌」に接し、
部分的な訳に触発されて 自分なりの意訳を試みました。
原詩を正確に捉えているわけではありませんが...雰囲気としてご覧下さい。

リルケのドゥイノの悲歌 9 (唱和)

人として
生くるさだめを 思ひみむ
わりなきさだめぞ 思ひみむ

ただひとたびの 
この世に在らむ姿なら
流れのもとの 一本(ひともと)の
月桂樹とてこそ在りたきを
なにゆえ 人の姿にて
さまよふこの世と 思ひみる

ただひとたびの
この世の生を
人の姿に生くるとは
ただに ひとつの希みなる

山の高みの岩陰に
摘みて取りたるリンドウの
青く澄みたるリンドウの
花にも似たる一言(ひとこと)を
ただそのひとことを 摘みて取り
暗き谷間に持ち帰る
アルピニストの心もて
黄泉路の谷を降り行き
永遠(ときわ)の苑なるかの国に
たずさへ逝かむそのために
ただひとたびの
この世の生を
人の姿に生くるなり


詩人リルケの悲歌(エレジー)であれば...
「人の姿で生きるのは この世で獲得した たった一つの言葉を
 かの永遠なる世(あの世)に持って逝くためなのだ...」
というその詩人のエレジーとしては 即興ながらせめてもの訳を付けてみました。

(その後 富岡氏による訳を見て…)


五月の風に
さざ波のごと
葉叢(はむら)ふるはせ
さやかにも春を寿ぐ
月桂樹とて非ずとも
せめてのことに
神殿を支へし白亜のエンタシス
はてはまた
夕映えに影いかめしき石の塔とて
ただ ひとたびのこの世の姿を
生くる方途(ほうず)も あらふもの
なにゆえ 人の姿にて
このひとたびの 世を生くる

そは まさしくも 言葉もて
この世の生を詠ふため
語らむためとや 思ひみむ

歌へかし 語れかし
この世の森羅を 万象を!

つましき家居の戸口のさまを
小川に架かる小橋のさまを
澄みたる水の こんこんと湧き来る泉
たわわに果樹の実れるさまを
あるはまた 
人の手に成る姿よき壷の形を…

これら儚きものみなが
光と影との間(あはひ)にて
束の間 かがやき たちまちに
無明の闇に沈みゆく
ただ たまゆらの愛(いと)けなく
みめよきものらが 我に乞ふ
露と耀き 虹と消えゆくその前に
この世にありき とそのことを
言葉もてこそ 留めてや

永遠(ときわ)の生命(いのち)与ふべく
歌へかし 告げよかし
この世の幸なる麗しく
ただ たまゆらの愛しきものを
儚く消えゆく ものみなを
言葉をもちて 刻みとめ
永遠(ときわ)の生命(いのち)与ふべく...

ああ さりながら それとても
ただ それとても
やがては消ゆるさだめにて
暗き黄泉路に
なに たずさへむ この世の糧と
この世に ひとたび生を受け
束の間 在りしよすがとて

ただひとたびの
この世の生を 
人の姿に生くるとは
ただに ひとつの希みなる

山の高みの岩陰に
摘みて取りたる竜胆(りんどう)の
青く澄みたる竜胆の
花にも似たる一言(ひとこと)を
ただに珠玉のひとことを
暗き谷間に持ち帰る
山行く人の心もて
黄泉路の谷を降り行き
永遠(ときわ)の苑なるかの国に
たずさへ逝かむそのために

ただひとたびの
この世の生を
人の姿に生くるなり



* 前掲の部分とのつなぎを再考する要あり

            2013.04.13

No title

★美森さん
はじめまして。
ご自身で訳されているんですね!
なんと言いますか、自然の美と情緒溢れる訳ですね。私は原詩を知らないし、そもそも読めないので尊敬です。
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