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西洋中世奇譚集成 皇帝の閑暇/ゲルウァシウス

西洋中世奇譚集成 皇帝の閑暇
ティルベリのゲルウァシウス

My評価★★★★☆

訳・解説:池上俊一
講談社学術文庫(2008年7月)
ISBN978-4-06-159884-3 【Amazon


解説によると、本書はティルベリのゲルウァシウスが1209~1214年にかけて書いた『皇帝の閑暇』第3部の全訳。序文によれば、第1部では天地創造とそれらの配列と装飾の仕方について。第2部は世界を三つの部分に区分し、それらの土地や時代、王国について。
第3部となる本書では、南フランスとイタリアを中心に採集した魔術師ウェルギリウスの逸話(主にイタリアで採集)、幽霊、狼男、煉獄、インド(現在のインドとは範囲の認識が異なる)の怪物など129の奇譚が語られている。ゲルウァシウス自身が採集した話や、人伝てに聞いた話、あらゆる文献からの転用で成っている。

ゲルウァシウスは1155年頃に、イングランドのエッセクス州ティルベリの貴族家系に生まれ、幼少より聖職者の道に入ったという。ヨーロッパ各地の大学を遍歴、ボローニャでマギステル(博士)の学位取得、ナポリやヴェネチアにも赴いたらしい。フランスのランスで聖職者としての修練を完成させたという。その後ヘンリ2世の宮廷に入り、ヘンリ2世亡き後はヘンリ若年の顧問となった。英国宮廷を去り、ボローニャで教師となり教会法を講じる。
法学者として、シチリア最後のノルマン王グッリエルモ2世に仕える。グッリエルモが他界すると帝国の領土アルル王国に移る。アルル大司教の判事となるとともに、プロヴァンス伯にも仕える。
皇帝ハインリヒ6世亡き後は、新たに皇帝となったオットー4世に仕える。ゲルウァシウスが長年温めていた『皇帝の閑暇』は、当初はヘンリ若王に献呈する予定だったが、オットーに献呈することになったという。
オットーの死後は修道院の院長となり、1134年まで務めた後に他界。こうした学歴と経歴から、ゲルウァシウスが当代一流の頭脳の持ち主の一人だったことがわかる。

時代はフランス・ルネサンス期といえるだろう。そんな時代の宗教観、倫理観、東方世界への憧憬と畏怖(プレスター・ジョン伝説と関わっている)。現代人の感覚では荒唐無稽で、妄想としか言えない話が多々あり、明らかに間違っている箇所もある。だが本書の大事な点は、そうした話が伝聞される「背景」にあるのだと思う。
ゲルウァシウスのような教養ある中世人だけではなく、彼が採集した奇譚から、中世の生活人のメンタリティが浮かび上がってくる。当時の人々が何を恐れ畏怖や崇拝し、好奇心に駆られたのか。その要因は何なのか?それは人々の生活のあり方、社会空間構成や、メンタリティであり、世界観にあるだろうが、こうした点は現代人の尺度では図れない部分である。

私は本書で初めて知ったのだが、当時の天国という概念は、現代の私たちに知られているものとは、かなり異なっている。天国が煉獄と考えられていたのが意外だった。なるほど、ルネサンス期以前の中世画(イコンなど)で腑に落ちなかった表現が、これでようやく理解できたような気がする。その天国は、当時は位置も性格も確定していなかったのである。
解説によると煉獄の性格と区分は、12世紀後半にパリのノートルダム寺院のスコラ学者によって理論化され、教皇インノケンティウス4世(1254年)と第2回リヨン公会議(1274年)によって教理化されたという。だが、ゲルウァシウスが書いた13世紀初頭には、いまだ確定していなかった、そして定着していなかったのだろう。

カバーの内容紹介文に中世人の精神を知るために必読の第一級資料とあるが、まさに中世人の精神を窺い知ることができ、中世の風景が浮かび上がってくる書だ。私の知る限り、西欧中世の世界観を読み解くには絶好の本。ゲルウァシウス以降の西欧文化(主に文学や芸術、建築装飾)を読み解く上でも役立つ。(2009/8/20)

+西洋中世奇譚集成 皇帝の閑暇
西洋中世奇譚集成 東方の驚異
西洋中世奇譚集成 聖パトリックの煉獄

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