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木を植えた男/ジャン・ジオノ

木を植えた男
ジャン・ジオノ

My評価★★★★★

カバー画・挿画:フレデリック・バック
訳:寺岡襄,構成:桑原伸之
あすなろ書房(1992年11月)
ISBN4-7515-1711-2 【Amazon
原題:L'homme qui plantait des arbres(1953)


1913年、当時若かった私は、南フランスのプロヴァンス地方の高地を旅していた。山村は廃墟と化した数件の家と教会の残るだけの荒れ地で、どこまで行っても木のない枯れ地が続いていた。
私はようやく一人の男に出会った。寡黙な男は55歳の羊飼いで、不毛の地に一人で暮らしていた。
この辺りの村々は、樵や炭焼きで暮らしており生活がラクではなく、厳しい気候のせいもあってか諍いが絶えない。村人たちの願いは、なんとかしてこの地から抜け出すことだった。
そんな山間部に、羊飼いの男エルゼアール・ブフィエは、平地の農場から移住してきたという。妻と息子を亡くしたために。

私は男の行動に興味を覚えた。男はこの不毛の地に、ドングリを植えていたのだ。男は一人で黙々と、この不毛の地に生命の息吹をよみがえらせようとしていたのだった。
次の年に第一次大戦が始まった。第一次大戦後から第二次大戦まで、私は毎年、男の元へ通い続けた。戦時中もその後も、男はずっと山間部で黙々と木を植え続けていた。
1945年、男は87歳になっていた。そこで私が目にしたのは・・・。

********************

ジャン・ジオノ(1895-1970)のロングセラー。これは一種の寓話というべき作品だと思う。また、訳者があとがきで述べているように、一篇の叙事詩ともいえるだろう。
『訳者あとがき』によると、作者ジオノは、南フランスのプロヴァンス地方マノスクに靴職人の子として生まれ、幼少期よりプロヴァンス高地地方の自然に親しんでいたという。
本書は単行本で、原書は1988年刊のバックの挿画版。フレデリック・バックによるカラー挿画多数。一般的には、バックの手になる絵本版が有名だと思う。バックによるアニメーション映画もあるのだそうだ(日本語版も有り)。

高地の荒れ地に緑を甦らせようと、一人黙々と木を植え続ける男。人生の後半生を、木を植えることに費やした男。その無私・無償の行為が、荒れ地をカナンの地に変えた。そこからもたらされる静かな胸の奮え。
この奮えは何なのだろう。たった一人の男が荒れ地を甦らせたという感動なのか?長年に亘る無償の行為ゆえか?それとも一人の男の意志の強さゆえか?
それら全てだ。一人の人間の手で、より善い世の中に変えられること、世の中は変わることができるということ。
「絵本」というと「子どもの読み物」と思い込んでいる人が少なからずいるけれども、必ずしも子ども向けとは限らないことは、本作を読めば理解できるはず。

文章(翻訳だが)は飾らず気取らず、平易で簡潔な言葉で書かれ、力強く逞しくもどこか柔軟な(と言うよりも驕りのない)意志を秘めており、行間からは豊潤なイメージを喚起される。磨かれた言葉の持つ力がひしひしと感じられてならない。
またバックの絵は詩情を感じさせ、文章から喚起されるであろうイメージを抑制することなく、より豊かな想像力へと導いてくれる。さすがロングセラーなだけあって、素晴らしい本。孤高の男ブフィエは確かに立派だと思う。
なのだけれど、私としてはあまりにもブフィエが立派すぎて、また作者の描く世界が孤高で気高すぎ、つい自分と比較して気圧されてしまう。素晴らしい本で感動するが気圧される、というのが正直な気持ちである。(2007/2/26)

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