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大空を見たかった少年/ジャン・ジオノ

大空を見たかった少年
ジャン・ジオノ

My評価★★★☆

絵:ジャン=ルイ・ベッソン
訳:福井美津子
世界文化社(2005年4月)
ISBN4-418-05507-X 【Amazon
原題:LE PETIT GARÇON QUI AVAIT ENVIE D'ESPACE(1978)


平地に住む8歳の男の子と木工職人の父親。二人は、日曜日の午後にはいつも一緒に散歩する。二人は、草木の壁の向こうの土地がどうなっているか見たいと思っていた。
セイヨウサンザシの道からクレマチスの道を抜けると、今度はカエデの道が続いている。マグサが植わった畑をすぎると、ポプラやヤナギなどが高く繁る壁が続いていた。どこまで行っても緑の壁に囲まれていて、遠くを見渡すことができない。

上空をマガモたちが飛んでゆく。鳥たちは広々とした土地を眺めているのだろう。この土地は、きっと美しいに違いない。鳥のように空を飛べたなら、自分たちの土地がどうなっているのかわかるだろうに。
男の子は、高い木に登れば、この土地がどうなっているのか見えるかもしれないと思いつく。
けれど木に登っても、他の木々に囲まれていて遠くを見渡すことができなかったのでガッカリする。どうすればこの土地の全景を見ることができるのだろう。

********************

いわゆる絵本なのだけれど、ベッソンの絵がどうこういうのではなくて、絵がなくても成立する内容じゃないかなあと思うのだけれど。また、子どもより、むしろ大人のための話だと思う。

プロフィールによると、イラストレーターのジャン=ルイ・ベッソンは1932年にパリに生まれ、子ども時代をナチス・ドイツ占領下のパリで過ごしたのだそうだ。
ジャン・ジオノ(1895-1970)は、フランス南部プロヴァンス地方のマノスク生まれ。彼はひとりっ子で、父親は靴の修理屋、母親は洗濯女だったとか。ジオノは終生この地に留まり、自然をテーマにした作品を書き続けたという。
作中の「平地」とは、プロヴァンス地方に違いない。そこで両親と暮らし、自分たちの土地がどうなっているのか見たがる男の子は、作者自身を思わせる。
終生プロヴァンス地方を愛し続けたジオノの子ども時代は、たぶんこんなふうだったのではないのかな。彼の両親も作中人物のように、素朴な人たちだったのでは。

素朴な両親と素朴な暮らしに囲まれて、男の子は伸び伸びと育ち、夢をみる。現代の生活では失われてしまった素朴さが、何よりも大切なものように思われてならない。
男の子は限られた土地に暮らしながらも、心を自由に開放する喜びを知る。別の土地に行けば、何か楽しいことがあるかもしれない。けれども、男の子はこの土地に満足しているようだ。それはたぶん、「足るを知る」ということなのだろう。「足るを知る」。それは現代の私たちに欠けているものではないだろうか。(2008/3/11)

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