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セールスマンの死/アーサー・ミラー

セールスマンの死
アーサー・ミラー

My評価★★★☆

訳:倉橋健,解説:岡崎凉子
ハヤカワ演劇文庫(2006年9月)
ISBN4-15-140001-X 【Amazon
原題:Death of a Salesman(1949)


ピュリッツァー賞を受賞した戯曲。
かつては敏腕セールスマンとして、アメリカ各地の得意先を飛び回っていたウィリー・ローマン。しかし60の坂を越えたいまでは、得意先が引退して成績が振るわず、給料もままならない。妻のリンダから聞かさせるのは、家のローンに保険、車などの修理費etc。
輝ける未来を掴むはずと信じていた二人の息子ビフとハッピーは、定職につかず、何をしたらいいのかわからない状態。そのためウィリーは不機嫌になり、息子たちと不仲になっている。
かつては成功していたウィリー。だが老いを迎えるいま、仕事と家庭、人生に行き詰ってしまった。しかしそのことを認めることができない彼は、精神に変調をきたしてしまう・・・。

********************

アーサー・ミラー(1915-2005)は、アメリカを代表する劇作家。脚本家、小説家。ニューヨークのユダヤ人家庭に生まれ、学生時代からラジオ・ドラマの脚本家を執筆し、1944年に『幸運な男』でブロードウェイ・デビュー。マリリン・モンローと結婚していたことがある。ミラーの作品は日本でも繰り返し上演され、大きな反響を呼んだという。

本作はアメリカ演劇に新たな時代を確立し、不動の地位を築いた作品なのだそうだ。解説によると、1949年にエリア・カザン演出で初演。当時としては記録的なロングランとなり、トニー賞、ピュリッツァー賞、ニューヨーク劇評家賞を受賞し、ミラーはアメリカの代表的な劇作家として脚光を浴びた。現在まで幾度もリバイバル上演され、その度、高い評価を得ているという。

初老を迎えるいまになって、長年会社に貢献してきたことが報われないを思い知らされるウィリー。終身雇用制度の崩壊やリストラなどを経て、ワーキングプアーが社会問題として取り上げられる当代の日本人にとって、作中におけるウィリーの状況は特に目新しいものではないかもしれない。いまのアメリカだとて状況は厳しい。
言ってしまえばウィリーたちはマシな方で、現実はもっと厳しい。だからかな、ウィリーの気持ちはわからなくはないんだけど、あんたはまだマシな方じゃん、自分に甘いんだよ、と思ってしまう。
しかし、それは文字で読むからそう思うのであって、舞台上で演技が加わると、印象が異なるだろうと思われる。演技する側も観客も、自分のたちの置かれた環境・社会状況に鑑みるからだ。

自分の人生が失敗だったとは、どうしても認めることができないウィリー。その気持ちはわからなくもない。認めることは、これまでの生き方、全人格を否定することだから。だが、仕事はともかくとして、息子たちとうまくいかなくなったのは、ウィリーに原因があると思う。
このような父親がいて、真っ当に育つ方が稀だろう。ウィリーは息子たちにも自分自身にも、過剰な幻想を抱いている。等身大の息子たち、そして等身大の自分自身を認めることができない。
プライドの高さは、一般的には自尊心の強さだと思うが、ウィリーの場合は自尊心は低い。私には彼のプライドは卑屈さの裏返しにすぎないように思われる。
同情はしても好きになれない主人公だけれども、こうした人物を描くことで、彼の挫折感・疎外感には、社会的要因の他に個人にも責任があると言っているように思われる。ローマン家の家庭内問題は、社会的要因だけではない。だがそれはウィリーという父親像をどう解釈するか、どう演技するかで、作品全体の印象がガラリと変わのではないかと思う。

この戯曲のすごいところは、その時代時代の社会状況によって解釈することができることにあるだろう。だから何度もリバイバル上演できるのだと思う。おそらくは資本主義社会がなくならない限り、または家庭というものが存続する限り。社会的要因も人物像も、時代に合わせて読み直すことができる。それがこの戯曲のすごさではないかと思う。(2007/7/7)

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