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われらが不満の冬/ジョン・スタインベック

われらが不満の冬
スタインベック(ジョン・スタインベック)

My評価★★★☆

訳:野崎孝
新潮社(1962年11月)[絶版]
コードなし 【Amazon】
原題:The Winter of Our Discontent(1961)


「家」こそが、人間を判断する唯一の証しとされるニュー・ベイタウン。没落した家では、世辞こそ言われても相手にされない。ニュー・ベイタウンの旧家の一つホーリイ家のイーサンは、破産してイタリア人のマルロの経営する食料品店で働いていた。
店は元はイーサンのものだった。銀行家のベイカー氏は、家柄も良くハーバード出のイーサンに、彼の妻メアリが引き継いだ財産を投資するよう勧める。イーサンは、メアリの財産に手をつけることを嫌っていた。

メアリはイーサンが一介の店員でも表立って不平を言わないが、女友だちのマージの占いで、イーサンが町きっての有力者になると告げられる。そのことを聞いたイーサンは、金にばかりとらわれる人たちに嫌悪にも似た感情を抱く。
マルロは金は金を呼び込むと考えているが、イーサンは金にとらわれることを厭っていた。人を踏みつけにしてまで金を手にしたいと思わず、あくまでも誠実でいたいと思っていた。

イーサンは銀行員のジョーイから銀行強盗の話を聞き、あるゲームを想像し計画する。
それはいつの時代からかレジスターの奥にしまわれていた、古いピストルのせいだったかもしれない。ベイカー家の影で踏みつけにされた祖父の代からの不信感によるものか。アルコールに溺れて没落した親友のダニーを、純粋に助けたかったからかもしれない。

イーサンは初め自分が転機を迎えたと思っていた。最初は些細なことだったが、イーサンの信条に反して思わぬ方向へ展開する。成功の影で何が犠牲にされるのか?成功と誠実は両立するのだろうか。

********************

ジョン・スタインベック(1902-1968)に、1962年のノーベル文学賞をもたらしたといわれる作品。
タイトル『われらが不満の冬』は、シェイクスピア『リチャード三世』のセリフ。リチャード三世を読んだことがあれば、イーサンの行く末に見当がつくだろう。
学もあり家柄もいいが没落したイーサンと、彼を取り巻く人々を中心に、成功のためには誠実を犠牲にしなければいけないのか。成功と誠実は両立するのか、イーサンが成功を求めたときに何を犠牲にして失ってしまったのかをテーマとしている。

成功者しか認められず発言権のない社会、何かを犠牲にしなければ成功しない社会。イーサンが成功を求めたときに、社会構造や社会論理と無縁ではいられない。作品の時代背景は古いけれども、書かれているテーマは悲しいことに少しも古びていない。こういった普遍性がノーベル文学賞の評価対象になったのかな。
ラスト近くでイーサンの息子のセリフ「みんながやっているんだもの」という言葉が印象的で、現代社会と現代人の論理を象徴していると思う。

イーサンのささやかだが決定的な嘘。罪のないちょっとした嘘というのは、ほとんどの人が身に覚えがあると思う。イーサンのように自覚せずにつく嘘もあるだろう。
イーサンのマルロに対する行いは、その後のイーサンに嘘に嘘を重ねさせる。マルロという人間が知れたとき、イーサンの嘘は罪となる。ダニーに対する行いも、やはり正しいとは言えない。ダニー自身の選択の問題ではあるが、イーサンにも可能性が考えられなかったわけではないのだから。
ベイカー氏はイーサンに「それで気持ちがいいか」と問う。だが、ベイカー氏に問う資格があるだろうか。マルロとダニーへの行い以外に、果たしてイーサンを責められる人がいるだろうか。

備考:大阪教育図書『スタインベック全集15巻』(1998年7月)【Amazon】に井上博嗣・要弘の訳で所収。(2002/1/3)

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