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ペレ/マーティン・アナセン・ネクセ

ペレ
マーティン・アナセン・ネクセ

My評価★★★☆

訳:服部まこと
ヴィ・シー・エー/キネマ旬報社(1989年9月)[絶版]
0374-01037-1320 【Amazon】
原題:Pelle Erobreren(1906)


1877年5月1日、スウェーデンからの出稼ぎ労働者を乗せた船が、デンマークのボーンホルム島に入港した。船には、のっぽで痩せた年寄りラッセ・カールソンと、その息子8、9歳のペレたち移民が乗っていた。
ラッセは、亡くなった妻ペンタクの長い闘病生活によって家も土地の人手に渡ってしまったため、十年前に出稼ぎにきたこの島へ、思い切ってやってきたのだった。
しかし、他の人たちが次々に仕事が決まっていくなか、子どもを連れた年寄りは、なかなか仕事にありつけない。
やっとありついたのが、スティンゴーン(石の館)農場だった。

スティンゴーン農場は島で最大規模だが、近隣にないほど待遇の悪さで知られていた。食事は塩漬けニシンとお粥だけ。当代の主の入り婿コングロストップは変わり者で、無計画で無茶苦茶な農場経営のため、雇われ人たちがとばっちりを受ける。
雇われ人たちは農奴のような生活を強いられ、一日も早く農場を出て自活しようともがくのだが、行き場のないのが実情だった。
また、館はいつも息苦しい空気に支配されていて、それが雇い人たちを陰鬱な気分にさせたり、苛立たせたりする。原因は、夫コングロストップの浮気であり、それを嘆き責め立てる奥様。

やがてペレは学校へ通う年齢になる。成長と共にペレの世界が広がってゆき、外の世界へ憧れはじめる。一方、ラッセは結婚して農場を出ようとする。
少年期を脱しつつあるペレは、堅信礼の式を迎える(ペレは14、15歳になったのだと思う。昔は15歳で一人前とみなされたという)。ペレは未来を切り拓くため農場を出て行こうとする。しかし老いたラッセには最早、体力も気力もなかった・・・。

********************

私の大好きな同名映画の原作。ビレ・アウグスト監督によって映画化(丁瑞,1987)され、1988年度のカンヌ国際映画祭でグランプリ、1989年のアカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞。
原作はマーティン・アナセン・ネクセ(デンマーク)の小説。4部作のうち第1部が本書『Pelle Erobreren(勝利者ペレ)』で、ペレの少年時代を描いている。映画はこの第1部。
訳者あとがきによると、ネクセはデンマークの代表的なプロレタリアート作家だとか。

この映画が大好きで、原作があることを知ったので読んでみた。映画では農場生活の苛酷さに焦点を当て、それによってペレの逞しさを描いている。映画は基本的には原作に忠実だが、原作のエピソードの半分近くがカットされている。
映画では親子に焦点が絞られ、労働の苛酷さが強調されていたが、原作には様々な人々の生き様も描かれており、こうした部分があるのとないのとでは、全体の印象が変わってくると思う。
労働条件の悪劣さ、生活の不安などはあるのだが、そうした辛さや苦しみ、哀しさだけの物語ではなかった。農場で働く人々の辛さだけではなく、彼らのささやかな楽しみも描かれている。教師や老婆、学校の子どもたちといった様々な人物も登場するし、海辺で暮らす人々の悲哀にも触れている。当時の日常生活を描いた、人間味ある物語になっている。

ラストでは、映画も原作もペレが農場を出て行くのだが、両者から受ける印象は全く異なる。だいいち映画と原作では季節が異なる。これは重要だ。
ペレが農場を出るのは、映画では厳寒のどこまでも続く雪原を歩いていくのだが、原作はメーデーの前日で北欧の遅い緑萌える春なのだ。
ペレは老いた父親を残していくことに後ろ髪を引かれはするが、自分の未来を意気揚々と思い描き、それを目前に広がる世界に重ねている。ペレは明るく希望に満ちている姿は、春という季節にピッタリ。

訳者があとがきで、しかしネクセはプロレタリア文学特有の階級制や社会性を全面に押し出したわけではなく、あくまでも明るさを基調にした作品をめざしたのです。それがネクセのネクセたる所以かと思います。(p219)
ラストは明るく希望に満ちており、現代人の私の感覚では楽観的とさえ思えてしまうが、それは生を肯定的に捉えているからだろう。

本書ではいくつかの死が描かれているのだが、死の扱い方にネクセという作家の性質が最もよく表れていると思う。
作者は死からも希望を導き出そうとしているのだが、それだけ死が身近だったということだろう。だからこそニールス・ケラーの父親オーレのように、嚥み下さなければならないのだろう。こうした死は映画では描かれていなかったと記憶しているのだが、はてどうだったろうか。

映画は原作と雰囲気が異なっていても、ビジュアル面もあいまってストーリー上わかりやすい。原作は直線的で起伏あるストーリーではないからだ。だが、この作品が発表された当時の人々にとっては、原作が発している「希望」こそが求められていたのではないだろうか。
話は変わるが、げに恐ろしきは奥様。その懲罰もさることながら、その後の豹変ぶりも恐ろしい。(2007/3/30)

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