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ガラスの宮殿/アミタヴ・ゴーシュ

ガラスの宮殿
アミタヴ・ゴーシュ

My評価★★★★★

訳:小沢自然・小野正嗣
新潮社CREST BOOKS(2007年10月)
ISBN978-4-10-590062-5 【Amazon
原題:The Glass Palace(2000)


19世紀末、イギリス支配化前夜のビルマ(現ミャンマー)。両親を亡くしたインド人の少年ラージクマールは、ビルマのマンダレーに辿り着いた。そして、マラッカ育ちの中国人でクリスチャンのサヤー・ジョンと出会う。折しもイギリスがビルマに進軍してきた。

ビルマ国王とスパヤーラッ王妃と王女たちは、グラス・パレス(王宮)を追われる。数人の召使たちが同行した。ラージクマールは召使の一人、孤児の少女ドリーと言葉を交わす。王たちは、最終的にボンベイの南にあるラトナギリに落ち着き、イギリスの監視下に入る。
1905年、新しい地方収税官がラトナギリに着任。デ収税官は英領インドのエリート高官だがイギリス人ではなく、イギリスで学んだカルカッタ出身のベンガル人だった。妻のウマはインド人。ウマとドリーは親友となるが、この出会いが二人の人生を変えてゆく。

やがてラージクマールは独立し、材木商として成功を収める。ラージクマールはドリーに会いたくて、ラトナギリへ向かった。
サヤーはラージクマールとの共同経営で、息子マシューにペナン島でゴムのプランテーションに着手させるため、ニューヨーから呼び戻す。マシューはアメリカ人の妻エルザを伴って帰国。エルザは農園をモーニングサイドと名づけた。一方、高官の妻ウマは、インドのあり方を考えるため、アメリカへ渡る。

ラージクマールとドリー、サヤーの子孫、ウマの一族の3世代3家族のおよそ百年が語られる。それは同時に、ビルマとインドの激動の歴史でもある。イギリスのビルマ侵攻から二つの大戦を経て、インド独立のための戦争と民族紛争、ビルマが独立した後の軍事政権下のミャンマー、1996年のアウンサンスーチー登場まで、激動の時代を生きた人々の壮大なドラマ。

********************

アミタヴ・ゴーシュは1956年にインドのカルカッタ(現コルカタ)に生まれる。デリー、オックスフォード、アレクサンドリア大学で学ぶ。後に渡米し、現在はニューヨークの大学で教授を務めているという。

充実した小説を久しぶりに読んだ。分厚い本だが読みやすい文章だった。これだけのボリュームの物語を、飽きさせずに読ませる力量は見事。世代ごとの3部作ぐらいにした方がよかったのではないかとも思うが、そうなった場合、最後までついていけたかどうか。一冊だからいいのかもしれない。

ビルマとインドのおよそ百年間が、国境と人種を越えて3家族3世代を中心に語られる。
完全には理解できないながらも、理解しようとしあう人々。彼らを結ぶものは何か。ラージクマールとドリーは長い結婚生活の間、常にお互いを理解しあえたわけではない。それでも彼らは相手を尊重してきた。
一方、ウマと夫の収税官の関係はそうではない。二組の夫婦の違いこそが、人と人との関係における重要な点ではないだろうか。それは夫婦間だけのことではなく、人と人を結ぶ基本的な姿勢ではないかと思うのだが。
ラージクマールとドリーは戦争に翻弄されながらも、ひたすら生き抜こうとする。何のために、どうして?つい、そう思ってしまう。けれども、苦難の人生の果てに辿り着いた最期は幸せではないかと思う。戦争に翻弄され、幾多もの悲劇に襲われながらも、自分自身に忠実であろうとする人々の物語といえるのではないだろうか。

本書で初めてインド人とビルマ人の関係を知った。どちらもイギリスの支配下にあり、イギリスに対する感情はかなり複雑。ウマの甥のアルジャンのように一人の人間の内部の葛藤や、イギリス軍のインド兵士たちの心情。大国の論理によって、分裂し迷走する民族と個人。様々な状況下におかれた支配される側の論理が展開する。
何が正しいのか、どうすればいいのか、誰にわかる?何をどういえるだろう。平和な日本で生まれ育ち暮らしている私には、いうべき言葉がみつからない・・・。

インドの情勢は本書で書かれている以上に複雑で、収税官の夫はベンガル人で妻ウマがインド人とあるように、作者にはベンガル人とインド人を区別している。そこには、一口にインドといっても多民族国家だという実情がある。
西ベンガル州はインド領、東ベンガル州は現在のバングラデシュ(元パキスタン)であり、ミャンマーに接しているのはパキスタン。どちらも英領インドだったが、1947年にインドとパキスタンとして、それぞれ分離独立した。その後、インドとパキスタンは幾度も戦争をしながら現在に至っている。
宗教的対立・紛争も本書ではほとんど語られていない。こうした事柄は、読者の混乱を防ぐためか別な意図があるのか、作者は語ってはいない。独立したとはいえ、インドとビルマ(ミャンマー)の混迷はいまも続いているため、語るのが難しいのかもしれない。

終局で舞台は軍事政権下のミャンマーに移る。いったい平和はどこにあるのだろうと思いつつもだが暗澹たる気分にならなかったのは、登場人物が未来を信じているからだろう。
そして、ラストにホッと救われた。怒涛の歴史の最中だけに、ラストが際立って清らかに感じられ、生の輝きと歓びをみたような気がする。
社会全体からみればささやかな出来事かもしれない。けれども、人がそのように生きられるということが、社会のあり方としてもっとも重要なことではないだろうか。(2008/1/30)

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