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悲しき酒場の唄/カーソン・マッカラーズ

悲しき酒場の唄
カーソン・マッカラーズ

My評価★★★★☆

訳・解説:西田実
白水uブックス(1992年4月)
ISBN4-560-07095-4 【Amazon
原題:The Ballad of the Sad Cafe(1951)

収録作:悲しき酒場の唄/騎手/家庭の事情/木石雲


マッカラーズ(1917-1967,アメリカ)は、抑制の効いた文体で、口に出して表現することができない微妙な心理と機微を巧みに表現している。内面描写を抑えて行動に感情を潜ませることで、ともすれば浮わつくかドロドロして陰惨になるところを巧妙に抑えているように感じられる。

内面描写の場合、読む側は登場人物の誰かに感情移入するだろう。しかし感情を行動で表されると、客席から舞台を見るような一定の距離感が生じ、読者は登場人物の感情に巻き込まれにくい。そのため客観的になり、感情的なベタつきを感じにくくなる。表題作『悲しき酒場の唄』は、南部特有のカラリと乾いた湿度のない文体とでも言おうか、独特な読後感を感じさせる稀な作品。
行動または行為で感情表現することと、各作品とも極端に場所が限定されているところが戯曲を思わせる。

悲しき酒場の唄
南部のさびれた町に、かつてあった酒場の物語。ある夜、日用品店やウイスキー醸造所などを持つ、大女で斜視のミス・アメリアのもとに、いとこだと言う男がやってきた。
男は背丈4フィートで背中にコブがあり、脚の歪んだライマン。普段なら金儲けにならないことには関係しないアメリアだが、なぜかライマンを家に泊めてやる。こうしてアメリアとライマンの同棲が始まった。数日後、アメリアは店を酒場にした。店にはライマンの姿があり、いつしか酒場は町の人たちに愛される、娯楽とくつろぎを提供する唯一の場所となった。

時が経ち、アメリアのかつての夫マーヴィン・メイシーが刑務所から戻ってきた。ライマンはマーヴィンの気を引こうとまとわりつき、終いにはマーヴィンを自分たちの家に同居させる。
アメリアとマーヴィンはお互いに憎み合っていたが、彼女は密かにライマンを愛していたので、ライマンのために同居については何も文句を言わなかった。しかしアメリアとマーヴィンの敵対感情は膨れ上がり、遂に二人は『決戦』の日を迎える。

********************

この作品は3人の愛情のもつれとアメリアの悲劇を描いており、最後には悲哀とか悲壮感とか、むくわれない愛のみじめさを感じさせるだろう。しかし一口に悲壮な作品だとは言い難い。複雑で泥々とした救われない内容なのに、どこかしら明るさと滑稽さがある。
滑稽さというのは、アメリアやライマンの身体的特徴のことではなく、アメリアがライマンに愛を打ち明けない、マーヴィンを絶対に許さないこと。マーヴィンがかつて自分の愛を受け入れなかったアメリアをずっと憎んでいること。ライマンがマーヴィンに憧れてつきまとうこと。そうした関係性から醸し出されているような気がする。
不思議とライマンとマーヴィンを憎めないのは、愚か(否定的な意味ではない)で滑稽なところがあるからだ。各人の感情の素直さと一徹さが滑稽さを醸し出しているのだ。そしてちょっぴり哀しさも。

訳者は解説で「グロテスク」という言葉を使って説明しているが、私としてはグロテスクと言うよりも「滑稽さ」と言いたい。
作者はさて、愛される者もまた、どんな種類の人間であってもかまわない。奇怪きわまる人間であろうとも、愛の起爆剤となりうるのである(P44)と言う。作者の人生観が、作品に哀しさと滑稽さ(愚かさ)を同居させているのかもしれない。

作者のシニカルな筆は悲観的な状況のなかでも、哀しさと滑稽さ(愚かさ)と一縷の明るさを併せ持つ。これは複雑で割り切れない人間的感情を表しているのだと思われる。
明るさもやはり作者の人生観からくるのだろう。「明るさ」というのは「陽気」ということではない。説明しにくいのだが、簡単に言うとペシニズムではないということ。そして感情的なベタつきのなさが、この作品に明るさと救いをもたらしているように思う。

騎手
食堂で調教師とノミ屋と金持ちが食事をしているところへ騎手がやってきた。騎手は半年前に騎手仲間の親友が足と腰を骨折して以来、食べ物を消化できずに汗にして出すことができなくなっていた。
調教師は、騎手としてあと一年はとてももつまいと言う。騎手というものは酒を飲んではいけないのに、彼はガブ飲みする。

********************

親友が怪我をして引退し、騎手として忘れられていく。いつかは自分も忘れられるのだ。そんな騎手の絶望と苦しみが、食べ物を受けつけず汗にして流せないことと、彼のセリフに滲み出ている。
苦しみもがきつつも、一部の隙のない服装をして自分自身を維持しようとしてあがこうとする姿が余計に痛々しい。血を吐くような苦しみと恐怖を、鮮烈に切り取った短編。

家庭の事情
男は子どもたちを愛しみ、かつては美しい妻を愛していた。だが見知らぬ土地で暮らすようになってから、妻がアルコール依存症になった。
そして家庭が崩壊の危機に直面し、ときには妻に憎しみを抱く。しかし、ふとした瞬間に妻への憎しみや非難が愛情へと変わる。

********************

憎しみの底には愛情があるのに、夫婦どちらもそれを見失っている。夫はふとしたことから妻への愛情を思い出す。その瞬間の心情の変化がなんとも自然だ。愛情の機微を描いた好短編。
ラスト一行の複雑をきわめた愛情の不思議さで、悲しみが欲情と溶け合っていったが効いている。
この場合の「悲しみ」とは、夫による妻への憐憫でないだろう。夫が自分自身に感じる愛するがゆえの悲しみ、妻のすべてを受け入れることはできないけれども、愛情の前には屈せざるを得ないということか。それとも、自分が愛情を見失っていたことに気づいた悲しみだろうか。

木石雲
新聞配達を終えた少年が酒場でコーヒーを飲んでいると、老いた男が声をかけたきた。男は少年に身の上話を始める。男は逃げた妻を追って旅をしている間に、どのような愛し始めたらいいか考えた。そして得た結論を少年に教えるが、バーテンのレオはやめろと言い張る。
男が去ってから少年はレオに、男が酔っばらいか麻薬中毒者か気ちがいか尋ねたが、レオは違うと言う。

********************

男は木・石・雲にも愛情を感じることができる。男の話を理解しつつも反発する、老いた男とレオとの対比がユニーク。この場合は少年よりも、レオに注目したい。抽象的な男の話が、レオの反応によって説得力を増している。(2001/4/28)

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