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水と砂のうた/バリー・ロペス

水と砂のうた
バリー・ロペス

My評価★★★★

訳:藤岡伸子
解説:佐藤守彦
東京書籍(1994年2月)
ISBN4-487-76143-3 【Amazon

収録作:
デザート・ノート ワタリガラスの目に映った風景(DESERT NOTES:Reflections in the Eye of a Raven.1976)
リバー・ノート サギたちの踊り(RIVER NOTES:The Dance of Herons.1979)


個別に刊行された原書『デザート・ノート』と『リバー・ノート』の合併本。
いつもならあらすじを紹介するのだけれど、この本については書くだけ無意味に思える。あらすじを書いても、肝心のところが絶対に伝わらないからだ。肝心なのは話の筋ではないと思うのだ。
あえて言えば、砂漠と河に住む鳥や動物、人間、先住民族、鉱石、植物、大地をめぐる様々な掌篇集。『デザート・ノート』は、例えば大地にうつ伏せになって辺りを見回したような、地面と同じ高さの視点で語られる。
『リバー・ノート』は木の視点、石の視点とでも言おうか。観察者があるポイントを定点観測して、長い年月じーっと動かない状態。動くのは河の方なのだ。大雑把に言えば、そんな視点で語られている。
硬質な文体だが、この本の紹介に「官能的な言葉」とあるように五感に訴える作品なので、そうも言えるかもしれない。

バリー・ホルスタイン・ロペス(1945年生まれ。アメリカ)の作風を形容するのは難しい。さらに内容について説明するのは困難だ。ナチュラリストによるネイチャー・エッセイというべきだろうが、ロペスは科学的客観性に頼ることをせず、そこに自らの体験と想像を織り込む。彼の作風はフィクションを取り入れたノンフィクションと言えばいいか。

ロペスは自分のイメージを、そのまま読者に突きつける。
作中で登場人物が、そのイメージは反駁できないものなのだ。それがわかるには我慢が必要なだけだ。指を引っかけて本を棚から引っ張り出すのと同じくらい容易に、そのイメージは見えるようになるのだ。(p177)と語っているが、このことはロペスの作品自体にも言える。情景描写を視覚化しているのだが、それが何を意味しているのかがわかりにくい。
一読しただけでは理解しにくかった(もしかして自分だけか?)。実のところ、一読しかしていないのでよくわからない。

難解な言葉は使っておらず、すごく読みやすい。だが、彼が扱う素材や作風は、好きな人にはたまらないが、興味のない人にはワケのわからない本と思うかもしれない。要は頭で理解する本ではないのだと思う。
結論は、好きな本だけど「一読しただけではよくわからない」ということ。この本よりも後年に書かれた『鳥たちが聞いている』『冬かぞえ』の方が、まだしもわかりやすかった。
理解しようとせず繰り返し読んでいるうちに、次第にイメージが浮上してくる。それを感じなければならなかったのだと思う。理屈で理解しようとするのではなく、五感を澄ませて物語の流れに身を委ねるべきだったのだろう。
川砂から砂金を掬うかのように一筋縄にはいかなくても、輝きを放つ何かがあることは感じられた。(2002/12/9)

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