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夏の黄昏/カーソン・マッカラーズ

夏の黄昏
カーソン・マッカラーズ

My評価★★★★☆

訳:加島祥造
福武文庫(1990年11月)[絶版]
ISBN4-8288-3170-3 【Amazon
原題:The Member of the Wedding(1946)


12歳の少女フランキーの夏。ドイツや日本の連合軍との戦争もラジオで聞くだけの田舎町で、フランキーは自分を取り巻く様々なことが、急速に変化していると感じて、不安な夏を過ごしていた。
フランキーは、台所のテーブルでベレニスといとこのジョン・ヘンリ・ウェストと単調な日々を送りながら、自分がまだ若くて、なにもかもが中途半端な感じに苛立つ。なにより世界が自分とは無関係に、目まぐるしく進んで行くことに耐えられなかった。

でも、もうすぐ兄の結婚式がある!
フランキーは結婚式が終わったら兄夫婦とともに、この町を永遠に去って世界中を旅することを夢想する。彼女は結婚式までジリジリと過ごしながら、兄がジャニスで花嫁がジャーヴィスだから、自分はジャスミンという名にしようと考える。F・ジャスミン・アダムズだ。
F・ジャスミンは、よそいききのドレスを着て町へ出る。道往く人を捕まえては誰かれなく、結婚式のこと、結婚式が終わったら自分はもう戻ってこないことを話す。

やがて結婚式の日がやってきた。花婿と花嫁はフランキーの考えなど知らぬまま、彼女を残して新婚旅行へと出発する。結婚式が終わり、フランキーはまた自分の生まれ育った町へ戻って来た。
フランキーは自分も旅経つために、書き置き残してスーツケース一つで夜の町に飛び出すが、どこへ行けばいいのか、どこへ行きたいのかわからない。そうして夏が過ぎてゆく・・・。

********************

どこにでもいる町の女の子の一人ではなくて、「フランキー」という私を知ってもらいたい、認めてもらいたい。そう思いながら周囲のことに目を向け始めたとき、様々な事柄が自分と関わりなく動いていくことへの不安と苛立ち。
好きになれない自分より、名前を変えて別人になろう。そしてここではないどこかで、背を伸ばして颯爽と歩きたい。少女だけではなく、おそらくは誰もが経験するであろう、自我に目覚めた思春期特有の焦りと苛立ちと不安が、フランキーの夏を通して語られる。

作者は決して感傷的に描いたりせず、あくまでも日常の出来事の積み重ねによって、フランキーの心情を表している。一日の大半を台所で過ごすフランキーとベレニスとジョン・ヘンリ・ウェスト。些細な日常生活の繰り返しと、匂いを発する細やかな描写が、フランキーの置かれている現状をよく表していると思う。
フランキーはやもめの父親と不仲であり、普通ならば家庭内の問題に悩むところなのだが、フランキーは家族関係に関しては意外にドライで、目は常に外界へ向いている。作者の考えが反映しているため、12歳という年齢にしてはマセているが、若者の焦燥感を実に巧みに捉えている。

この作品は『結婚式のメンバー』とか『結婚式の仲間』というタイトルでの既訳があるけれど、私としてはこの『夏の黄昏』の方が内容に合っていると思う。
夏の日中の暑さと気だるさは、フランキーの気分の高揚と焦燥感。黄昏時の物憂い空気の匂いは、彼女が漠然と感じる不安と、あまり表面には現れないけれど、彼女が本来持っている穏やかな性格の一面を表しているといえるのではないだろうか。
時代背景には第二次世界大戦が覗いているが、作者は戦争について直接的に非難したりせずに、日常生活での身近にある死を描いてみせる。この辺にマッカラーズの非凡さと人生観が表れているのではないかな。(2001/5/28)

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