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石、紙、鋏/アンリ・トロワイヤ

石、紙、鋏
アンリ・トロワイヤ

My評価★★★★☆

訳:小笠原豊樹
草思社(2004年2月)
ISBN4-7942-11285-2 【Amazon
原題:La pierre,la feuille et les ciseaux(1972)


アンドレは35歳の同性愛者で画家だが、画業はパッせずときには室内装飾の仕事もしていた。もっとも室内装飾は無料奉仕に近い。それは彼がお金に執着にないからだった。売れっ子画家になる気もない。
彼は、捨て猫や少年を拾ってきて面倒をみたり友だちを大事にすることが、なによりもの喜びだった。

アンドレのアパルトマンに、仕事先で知り合った22歳の青年フレデリクが訪ねて来た。フレデリクは定職に就かず働きながら旅しているのだが、なぜかアンドレの家に住み着く。
アンドレと女ともだちのサビーヌ(20代前半ぐらいか)は、フレデリクをイタリア風に「オレリオ」と呼ぶ。
ハンサムで逞しく傲慢なオレリオに、アンドルは魅了される。二人の同居生活に、義父の家を出たサビーヌが加わり、彼女とオレリオは夫婦同然の関係になる。
奇妙な三角関係の行きつく果ては     

********************

タイトルの「石、紙、鋏」とはジャンケンの「グー、チョキ、パー」のことだそうだ。グーはチョキには勝つがパーには負けるように、決してバランスのとれることのない三角関係を意味している、なかなか意味深なタイトル。
ゲイのアンドレと女ともだちのサビーヌの間に、バイセクシャルのオレリオが加わって両者に愛されれば、どうしたって破綻せずにはすまないだろう。
破綻するだろうとわかっている話を読むのは気が進まなかったのだが、そもそも当初から崩壊への予兆が暗示されているのである。

私がこの作品で「いいな」と思ったのは、ラストで姉の家へ向かうアンドレの姿。ゲイとかそういうのを抜きにして、彼の泣きたくなる気持ちがよくわかり、じわっときた。
つい彼に同情して肩入れしたくなるけれど、でもなんか違うんだなぁ。そんな結末を招いたのはアンドレ自身でもあって、オレリオとサビーヌだけを責めることはできないからだ。
アンドレは二人(またはどちらか一人)を失うまい、彼らに必要な人間でいたいと思って恐々としているようにしか思えないんだなあ。
彼のやさしさの根底には、他人から必要な人間として認められたいという気持ちがあり、決して無私ではないと思う。彼のやさしさは束縛を伴っており、相手は自分の傍にいるべきで、離れているなんて論外なのだ。
また、彼は自分が傷つきたくないために人を傷つけないが、相手にも自分を傷つけないよう無言で要求している。そんなルールからなる彼の世界は、オレリオによって破綻してゆく。
だがアンドレは、三角関係に不安を抱きながらも、傷つきたくないがために見てみぬふりする。そんなアンドレの弱さ。現実にこういう人が男女ともにいるんだよね。私には性格的に合わないのだけれど。

性別に関係なく、献身という自己犠牲に伴う自己満足と存在意義、傷つけ合わないがためのやさしさとルール、友情と打算。それらは表裏一体で渾然としており、本人にさえ区別がつかず、おそらく意識してはいないのではないだろうか。
やさしさというものの裏に潜む微妙な感情の襞が巧みに描かれており、「やさしさとは何か」ということが暴かれると言えるのではないだろうか。(2004/6/1)

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