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リア王/シェイクスピア

リア王
シェイクスピア(ウィリアム・シェイクスピア)

My評価★★★★★

訳・解題:福田恆存
解説:中村保男
新潮文庫(1993年12月改版)
ISBN978-4-10-202005-0 【Amazon
原題:King Lear(1604~1606年頃)


リア王は退位するにあたり、三人の娘たちに父への想いを語らせる。
長女ゴネリルと次女リーガンは甘言で父親を喜ばせるが、末娘コーディーリアは言葉ではなく真心で尽くそうとする。だが真意が伝わらず、リア王は激怒。領土と権力と財産を二人の姉に分割し、コーディーリアを勘当してしまう。
ケント伯爵は王を諌めようとするが、リア王はケントを追放する。フランス王に気に入られたコーディーリアは、無一文でフランスに嫁いでゆく。

リア王は百人の騎士を従え、月毎にゴネリルとリーガンの館で過ごすことにした。ケントは素性を隠し変装して王に仕える。
ゴネリルとリーガンはリア王を冷たくあしらい、リアは城を飛び出して雷雨の荒野を彷徨う。リアに従うのはケントと道化だけだった。

一方、グロスター伯の庶子エドマンドは、策略によって嫡子エドガーと父グロスター伯を対立させ反逆者に仕立て、自らが伯爵の地位に就こうとする。
エドガーは野に落ち、身の安全のため狂人を装う。グロスター伯も野に落ちのびた。
リア王への仕打ちを知ったコーディーリアは、父を庇護して復位させようとするが・・・。エドマンドはゴネリルとリーガンに接近し、権力の掌握を企む。

********************

シェイクスピアの四大悲劇の一つ。映画を観たことがあるのでストーリーは知っているのだが、文字で読むのは初めて。すごく奥が深く、改めて不朽の名作だと思った。

リア王は目に耳に快いものを求めるため、真実が見えない。愚かさゆえに、自ら悲劇のキッカケを作ってしまう。
絶望から狂気に捉われたリアは、嵐の荒野に飛び出す。猛り狂う雷と嵐は、リアの心象風景であろう。
狂気の中でリアは、権力志向や自己や他者の欺瞞など、様々な虚飾が剥ぎ取られていく。狂気はリアが生まれ変わるためのイニシエーションのようでもある。
また狂気は、俗世に居場所を失ったリアが自己保全のために創り上げた最後の砦。リアは狂気によって彼自身の世界に到達したのではないのか。
その世界への到達は、彼が分解され組み立て直されてゆくため、自己を修正するための過程のように思えてならない。しかし、あくまでも「通過点」にすぎない。

物語はリアとの娘の対立、グロスターと息子の対立という二つの流れが交互に語られ、次第に一本化されてゆく。
グロスターの悲劇は、リアの狂気をバックアップするためのように思われる。道化の存在も同様に感じられた。

結末は悲劇だ。だが、そこに救いはないのだろうか?「ある」と私は思う。本書は魂の救済の物語、と読むことができるのではないかと思う。
リアもエドマンドも、エドガーやグロスターさえも、失(喪)って初めてその価値を知ることができる、ということが全編を貫いているように思われるからだ。
魂があるとするならば、哀しみと憐れみを識ることによって、リアの魂は救われるのである。しかし、それはコーディーリアの殉教あってこそ。彼女の死を殉教と捉えるか犠牲者と捉えるかによって、リアの死の意味が大きく変わってくる。
また、コーディーリアやケントたちがリアの生あることを願ったにも関わらず、リアの死によってこの国は浄化される。なんとも皮肉めいた結末だ。考えるとこの物語は、すべてが逆説めいているように思われてならないのだけれど。
とまあ、思いつくままに書いたけれども、実はまだよくわかっていなかったりする。いまだ理解しきれていないのだけれども、素晴らしい作品だと思う。(2007/12/26)

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