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ルネッサンス巷談集/フランコ・サケッティ

ルネッサンス巷談集
フランコ・サケッティ

My評価★★★☆

訳・解説:杉浦明平
岩波文庫(1981年12月)
ISBN4-00-327081-9 【Amazon
原題:Trecento novelle(1399/1400)


ルネッサンス巷談集14世紀のフィレンツェ市民で、商人のフランコ・サケッティ(1330/35-1401年以前)が残した300篇の短編小説。小説というよりは小咄です。
訳者によると、元々本として出版されたのではなく手書き原稿であり、それが友人知人間で読まれていたのだそうです。
現存するのは手写された223篇だそうですが、完全なのは215篇のみ。その中から訳者が74篇をセレクト。

訳に関して言えば、元々は1949(昭和24)年頃の訳なので、訳語が古びているので現代では通じにくい部分や、講談調だったりしていて、とても外国の出来事とは想像できない箇所が多々ありました。結構意訳があるのではないかと思われるのですが、その点に関して私はあまり重要視していないので、特に問題ではありませんでした。

サケッティ家はダンテの『神曲』に出てくるほどの名家なのだそうです。サケッティ家からは何人もの市政のトップと委員を輩出しており、サケッティ自身も市政委員を務めました。
彼が市政委員を務めている期間に奢侈禁止令が発布されるのですが、39話では禁止令に対抗する(上層階級の)女性たちの攻防が披露されています。

当時、フィレンツェの有力商人はアルテ(組合)に加入しており、組合は政治的な機能を持っていて、組合に加入することが市政参加への条件でした。
ちなみに当時の「フィレンツェ市民」とは、市内に定住して都市政府に一定の税金を納めており、大中規模の組合に加入している上中階層の者。それ以外の労働者や人足などの下層民は市民とはみなされず、そのため市政に参加することはできなかったそうです。

サケッティが市井の出来事を見聞し、諸侯や上層階級の人々の不正や失敗談、家畜たちが市場を荒らし回ったり、青年たちのイタズラなどの滑稽譚や艶笑譚、小咄を書いたのが本書。
また、ダンテやジョットの逸話や、卓越したペテン師、サルヴェストロ・ディ・アラマンノ・デ・メディチなどが登場します。
サルヴェストロは、チョンピの乱のシンパだったメディチ家の党首。55話には乱後、挫折した彼の姿が描かれていて、アッサリと書かれているだけに真実味を感じました。

サケッティはボッカッチョ(1313-1375)の『デカメロン』(1348頃-53)にインスパイアされたそうですが、デカメロンに登場する人々の行動原理、彼らの精神世界は現代人にとってあまりにも遠のき過ぎ、そこに共感を見い出すことが困難になっていると思います。
対してサケッティは、血肉を感じさせる市井の人々を描いているんです。訓話的な部分や、話を作りすぎている部分はともかくとして、全体的には現代人とほぼ変わらない人々たちばかりで、彼らの感情の動きがストレートに伝わってきました。
文学的にはデカメロンの方が優れていると思うけれど、読んで単純に面白いのはサケッティの方。高尚な文学や歴史書では描かれることのない市井の人々の暮らしぶりを知ることができるんです。
ただ私としては、本書の面白みは小咄の軽妙さや突飛さよりも、その背景にあります。文学的価値よりも、時代証言性といったところかな。

作品の時代背景を知るために、ごく簡単にフィレンツェの歴史を振り返ってみます。
イタリア都市国家では、12世紀末頃から教皇派(グェルフィ)と皇帝派(ギベリーニ)の抗争が深刻化し、フレンツェも例外ではありませんでした。二派の対立は、政治的利害に絡む様々な面に波及していきます。ダンテ(1265-1321)やペトラルカ(1304-1374)のフィレンツェ追放などもそう。
そんな中、フレンツェは12世紀初め頃から羊毛加工業によって繁栄し始め、13世紀なかばから15世紀半ばにかけては、織物工業と金融業でヨーロッパ最大の経済力を確立。しかし1345年から翌45年にかけて、3つの銀行が倒産。46年から47年にかけては大飢饉に襲われ、さらに48年のペストで人口の半数を失ったのです。
このとき、ペストを逃れて別荘に集った男女たちの物語が『デカメロン』です。本書18話では、男のズボンにネズミが入り込んで一騒動持ち上がるのですが、それはネズミがペストが運んでくると言われていたからです。
1375年、フィレンツェの政権を掌握した党が教皇との戦争「八聖人戦争」を開始。この戦争が終結する3ヶ月前の78年5月、下層労働者と失業者、貧困者たちが蜂起して「チョンピの乱」を起こしました。

一方、1296年から大聖堂サンタ・レパラータ(後にサンタ・マリア・デル・フィオーレと改称)の改造工事が始まります。工事はブルネレスキの大円蓋が完成する1436年まで、約150年に亘って行われたのです。
大聖堂脇のジョットの鐘楼は、1334年にジョットが工事に着手しましたが、1337年の死によって中断。引き継いだ工匠頭たちによって、1387年に完成。
簡単に言えばサケッティの生きた時代とは、大聖堂の今の形への改造と、ジョットの鐘楼の建立が、トンテンカンと(こんな音だったかはともかくとして)工事していた時代だったわけです。
ジョットの鐘楼が造られていたまさにその傍らを、サケッティは闊歩し、街ではこんな騒動が起きていたんですね。
そう考えると14世紀のフンレンツェ人をとても身近に感じ、リアルに想像できるように思うんです。私としては文学に興味のある人よりも、ルネサンス期のフィレンツェ史に興味のある人に読んでみて、と言いたい本です。

参考資料
●『路地裏のルネサンス』高橋友子(中公新書)【Amazon
資料を元に庶民の日常を再現。『ルネッサンス巷談集』を取り上げています。
●『フィレンツェ』若桑みどり(文春文庫)【Amazon
フィレンツェ史とその芸術について知ることができる格好の書。美術鑑賞のお供に。(2011/5/11)

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