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西洋中世奇譚集成 聖パトリックの煉獄/マルクス/ヘンリクス

西洋中世奇譚集成 聖パトリックの煉獄
マルクス/ヘンリクス

My評価★★★☆

訳・解説:千葉敏之
岩波文庫(2010年5月)
ISBN978-4-06-291994-4 【Amazon

収録作:トゥヌクダルスの幻視(マルクス)[ラテン語バージョン]/聖パトリックの煉獄譚(ヘンリクス)[ラテン語バージョン]


聖パトリックの煉獄西洋中世奇譚集成シリーズの3作目。12世紀後半にラテン語で書かれた煉獄巡りの幻視譚2篇。

『トゥヌクダルス』は、キリスト教を蔑ろにする青年貴族の魂が煉獄を巡り、救済(という懲罰)によって教化される話。
1149年にレーゲンスブルク(南ドイツ)を訪れたアイルランド人修道士マルクスが、中世ラテン語によってトゥヌクダルスの幻視体験を綴った散文。
訳者によると、『聖パウロの幻視』などの幻視文学の継承しているという。また、アイルランドの教会改革と、アイルランドへのシトー会修道院の導入が見受けられるという。
『聖パトリック』は、騎士オウェインの異界遍歴。かつてアイルランドの北端に実在した「聖パトリックの煉獄」という、巡礼者が行を積む洞穴(坑道?)のこと。

トゥヌクダルスの幻視/マルクス(Visio Tnugdali.12世紀半ば)
ヒベルニア(アイルランド)のキャシャルに、トゥヌクダルスという名の青年貴族がいた。
高貴な家柄で容姿端麗で朗らかな青年なのだが、教会を重んじず、貧者への施しもせず、さらには賭け事に目がなかった。
そのトゥヌクダルスが、三日三晩生死の境を彷徨う。そのとき彼の魂は、天使に導かれて各煉獄を巡る。彼は己の悪徳によって種々の拷問という責め苦を負うが、それを乗り越えて魂の救済を遂げる。
目覚めた彼は、自分の衣装に十字の徽章を入れた。

聖パトリックの煉獄譚/ヘンリクス(Tractatus de Purgatorio sancti Patricii.12世紀末)
騎士オウェインは贖罪を贖うため、聖パトリキウス(パトリック)の洞穴から煉獄に入り、15日間行を積む。
そして悪霊たちのいる煉獄を遍歴し、老若男女たちがその悪徳ゆえに苦しみもがいている様に遭遇する。信仰篤い彼に悪霊たちは手が出せない。彼はイエスの名の下に無事煉獄を通り抜け、地上の楽園へ出る。
訳者解説によると、12世紀末にラテン語で書かれた作品で、聖パトリックの煉獄に関する最も早い叙述であり、騎士オウェインの煉獄訪問譚のあらゆる版・翻訳の原型であるという。
騎士オウェインが1146年の煉獄体験を修道士ギベルトゥスに語り、ギベルトゥスが修道士ヘンリクスに語る。
ヘンリクスは修道院長に語り、後者が文書化を依頼したという。随分と又聞きされているので、たぶんオウェインが当初語った内容とは変形しているだろな。

********************

トゥヌクダルスと聖パトリックの大きく異なる点は、前者が魂の浄化を目的とした異界巡りであるのに対し、後者は生身か魂のみなのか本人ですら判然としないままでの異界巡りであること。
どちらも死後世界を描いているのだが、前者は悪徳を購うための苦行である。後者は騎士オウェインを介しての煉獄ガイドといった感が強く、教会の組織色が濃厚に表れている。

共通点は、どちらも煉獄での拷問場面はきわめて想像力に富んでおり、まるで嬉嬉としてペンを走らせているかのよう。
一方、栄光の場は教会の権力・権威、富を映しており、世俗的で精彩に欠ける。
煉獄での拷問場面と異なり、栄光の場の描写にはさほどページが割かれていないのだが、書き手は栄光の場にあまり魅力を感じなかったんじゃ。あまり想像力が刺激されなかったようである。
煉獄に傾倒するあたりがシトー派らしいのかもしれないけれど。
また、2篇とも煉獄の構造、キリスト教における煉獄の意味、時代背景(両篇とも十字軍に関連する記述がある)という点でとても興味深い。

これらの物語での死後世界の在り方を、即中世人の死生観と考えるのは早計だろう。
現代人が考える中世人の死生観とは、キリスト教が形成してきた死生観であるから、ここでは中世人の死生観というよりも、キリスト教会(シトー会系及びシトー会とそれに関わりのある会派)の死生観と考えるべきだと思う。
特に『聖パトリック』では、地上の楽園(栄光の場)で大司教や聖職者が登場するため、教会の組織構造にも関わる内容となっており、教会の徳性を高めるための物語といっても過言ではないだろう。

2篇ともおそらくそれぞれの場面やモチーフなどに、聖書や神話誌、ギリシア以来の教訓といった書誌学的な出典があり、それらを典拠としていると思われる。中世の物語は大概は典拠に基づいているので、この2篇が完全なオリジナルとは考えにくい。
教派の正統性を主張して教会の権威を高めるためには、典拠に基づいていることが重要になる。それをどう解釈するかが問題となるのだが、教義の正統性に関わるため、各著者が自由奔放に解釈できるわけではないだろう。

煉獄は地獄ではなく、天上世界(栄光の場)と地下世界(地獄)との中間層に位置し、死者の魂は煉獄で己の罪・悪徳の種類によって各々試練(責め苦)を受け、その結果上下の各階層へと振り分けられる、もしくはそのまま煉獄に留め置かれる場合もある。栄光の場と地獄世界はそれぞれ階層に分かれている。
訳者解説に「死後世界の構造比較」という章があり、この解説がとても興味深くて面白い。煉獄構造は中世の世界地誌に基づいているという。私としては、中世の「宗教観」に基づいた神話地誌と言いたい。

騎士オウェインはが水平方向に移動することで垂直方向へも移動するため、この世界の構造に戸惑う。当時は東西南北という水平方向の方角が、同時に上下階層という垂直方向でも捉えられていたという。
東はキリストの頭に位置するので水平方向における最上位、西はキリストの足に位置するので水平方向における最下位にあたる。それに垂直方向が加わる。
これらの配置の理由について訳者が記していないことで、一つは間違いなくキリスト教とユダヤ教の関係性にある。東はキリスト教、西はユダヤ教を指しているのだが、このことは『ウタ福音書』に拠っているといわれる。ちなみに、左と右にも宗教的意味合いがある。
本文よりも時代背景や、煉獄構造とその意味を考えるのが面白い。煉獄の構造及び内容(懲罰)は、中世からルネサンス期を通じてダンテの作品などの文学や絵画に取り上げられているため、中世-ルネサンス期の文学や美術を理解する上で役立つ。(2011/5/24)

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+西洋中世奇譚集成 聖パトリックの煉獄

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