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外套・鼻/ゴーゴリ

外套・鼻
ゴーゴリ(ニコライ・ゴーゴリ)

My評価★★★★

訳・解題:平井肇
あとがき:横田瑞穂
岩波文庫(1965年4月改版)
ISBN4-00-326053-8 【Amazon

収録作:外套/鼻


ニコライ・ヴァシリエヴィチ・ゴーゴリ(1809-1852,ウクライナ)はロシア帝国時代の作家・劇作家。
2篇とも幻想味のある中篇小説で、帝国時代のロシア(ペテルプルク)を舞台に、当時の社会と人々を巧妙に描いた作品。
滑稽さや幻想性に惑わされがちだが、人間観察眼は鋭い。シッカリとした観察眼で感得した人間像を多少デフォルメして描いている。風刺や滑稽さが際立つが、その視線はシニカルではなく、むしろ温かみを感じる。
帝国時代のロシア小説というと難しそうなイメージがあるのだけれど、そんなことはなく、時代背景があまりわからなくても読みやすく面白かった。これからも時代や国を越えて読み継がれるであろう2篇だと思う。

外套(1840年作)
ペテルブルクのとある省の文書係の九等官アカーキイ・アカーキエウィッチ。彼にとっては、ペンを動かし書類を写すことが生甲斐であり唯一の娯楽でもあるので、出世せず薄給であっても全く気にならなかった。同僚たちから嘲られても、ひたすら仕事に励んできた。

幾度も繕ってきた外套がボロボロになり、とうとう新調しなければいけなくなった。仕立屋の見積もりでは150ルーブル。年棒400ルーブルの身にとっては大金だ。
アカーキイは食費を切り詰めて費用を貯め始める。彼にとって新しい外套を作るのは人生の一大イベントなので、新しい外套の生地や色、毛皮をどうしようかあれこれ考えをめぐらし、仕上がる日を楽しみにしていた。

新調した外套を着た夜、強盗に剥ぎ取られてしまった!
アカーキイは本署署長へ訴え出ようとするが、警察などより有力な人物を頼った方がいいと忠告され、とある官房長官へ訴え出た。
だが権威を笠に着た長官に、けんもほろろに追い払われてしまう。失意とショックでアカーキイは・・・。

********************

1840年に執筆され1842年に発表。ドフトエフスキーにわれわれは皆ゴーゴリの『外套』の中から生れたのだ!(p107)と言わしめたという中篇。
ドフトエフスキーの真意はわからないが、作者はアカーキイのような貧しくとも勤勉で慎ましい人の悲喜交々を、同情や感傷に陥らず<、かといって突き放すのではなく、慈しむような視線で描いている。大仰にイデオロギーを振りかざずとも、この社会の不健全さが理解できる。

現代でも、周囲と交際せず一人コツコツ仕事をしていて、大勢の活動的なあるいは押しの強い人々の間に埋もれがちで、あまり注目を浴びることのない人がいるだろう。周囲には「何が楽しくて生きているのかわからない」「変な人」などと言って小バカにする人がいる。
でも、侮られ嘲られる者にとっても、当然ながら生きる喜びがあり悲しみがある。それがアカーキイ・アカーキエウィッチだ。注目に価しないから価値のない人間、ということではないのだ。
アカーキイのように(貧しさではなく)勤勉でも注目されない人々、そして彼のような者を嘲笑する人々がいる限り、この作品は今後も読むに価する作品であり続けると思う。

官僚主義あるいは権威主義に対する批判、という面もある。全体的に滑稽味があり、その滑稽さは可笑しさではなく哀しさや絶望感を表している。絶望的な状況だから笑い飛ばさないと生きていけない。ペーソスをユーモアに包むというところがロシア人の精神風土なのだろうか。
しかもそれをリアリズム的手法で書いていない。終幕では現実にはあり得ないアンリアルな物語展開となるのだが、アカーキイの心情をリアルに表現している。
結果としてはリアリズムではないかと思うのだが、それがアンリアルな作風によるところが凄いのではないだろうか。

鼻(1833-1835年作)
3月25日の朝、飲んだくれの理髪師イワン・ヤーコウレヴィッチが食卓でパンを切ると、中から鼻が出てきた!
鼻は、イワンが顔を剃る八等官コワリョーフ少佐のものだった。

さて、コワリョーフ少佐が目を覚まして鏡を見ると、なんと鼻がない!?
鼻のあった場所をハンカチで押さえて、ともあれ警視総監の元へ行こうと通りを急いでいるとき、礼服に鞣革のズボン腰に剣を下げた五等官姿で、彼の鼻が紳士然と歩いていた。
コワリョーフ少佐は紳士姿の鼻に詰め寄るが、鼻は何かの間違いと相手にしない。それではとコワリョーフ少佐は新聞社へ行き、誰か五等官姿の鼻を捕まえてくれるよう広告を出そうとする。

********************

1836年に発表された、ナンセンス・ドタバタ風喜劇。小説のスタイルをとっているがほとんど戯曲的。
理髪師のイワン、コーカサスで成り上がった八等官のコワリョーフ少佐、新聞社の広告受付け係員、分署長の応対、風采はいいがちゃっかり者の警察官と、いかにも在り得そうな人物たちが登場する。
事件そのものは荒唐無稽なのだが、人物造型はシッカリと現実を踏まえているだろう。皮肉と風刺の効いた人物造型は、作者の観察眼の賜物だと思われる。
現実的な人物造型と、マンガ的なまでの事件との対比が、面白味を醸し出している。人々が真面目であればあるほどナンセンスさが際立つのは、いまでも用いられているコメディの常套手段だから、作風が案外に古臭さを感じさせないのには納得かな。(2004/8/3)

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