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結婚/ゴーゴリ

結婚
ゴーゴリ(ニコライ・ゴーゴリ)

My評価★★★☆

訳:堀江新二
群像社ライブラリー(2001年10月)
ISBN4-905821-22-3 【Amazon


役所に勤める七等官のグズーキンは、結婚の仲介を生業とするフョークラに花嫁探しを依頼したにもかかわらず、いま一つ結婚に踏み切れない。結婚はしたい、でも独身でもいたいと、いつまでもグズグズと煮えきらないグズーキン。
そこへ友人のセワーヤキンがやって来て、グズーキンを花嫁候補アガーアィヤの家へと連れて行く。

グズーキンとセワーヤキンがアガーアィヤの家へ行くと、そこにはメタマーヤキンをはじめ、アヌーチキン、カミーツキイなど、計5人もの花婿候補が鉢合わせ!
突然のことで誰を選んでいいのかわからないアガーアィヤのために、一同はいったん引き揚げて、夕方のお茶の時間に出直すことにした。
だが、セワーヤキンは他の4人を出し抜いて、友人グズーキンをアガーアィヤに売り込もうとする。しかし、メタマーヤキンもアヌーチキンもカミーツキイも、他の求婚者を出し抜こうとする。
ところが、なんとグズーキンが他の求婚者を差し置いて、アガーフィヤとうまくいきそうに!?

********************

帝政ロシア時代を背景とした喜劇の戯曲。巻末の「『結婚』上演史」によると、1833年に初演されたが、そのときは『求婚者』たちという演題。その後推敲を経て、1842年に『結婚』という題名で発表され、現在も人気のレパートリーだそうだ。ヨーロッパ圏や日本でも公演されたという。

さすがいまでも上演されるだけあって、ゴーゴリという作家は上手いなと思う。
私が上手いと思うのは、登場人物の性格にある。それぞれの人物が書き分けられているのは当然のことだろうが、こういう人はいまでもいるよなあと思う人たちばかり。彼らの性格は庶民的であり、私のような庶民的感覚の者が理解できる範疇にある。
もっとも主要人物は、性格のある一点を誇張してはいるけれども。でも、160年以上も昔に書かれたにしては、現代人の感覚と変わらないのだ。グズーキンの行動もわからなくはない。だからこそいまでも上演されるのだろう。

「訳者あとがき」によると、登場人物の名前は戯曲という「舞台上で発語されることを念頭に置いて」書かれた作品の翻訳である。(中略)注をつけずに音声で分かるように訳す。(p120)ため、訳者注なしの意訳だという。
例えば求婚者の一人ヤイーシニッツァはロシア語で「目玉焼き」を意味するが、ヤニーシニッツァでは日本人には意味が通じない。この場面が舞台で発語されたとき、本来は笑える場面なのに笑えなくなる。そこでメタマーヤキンと意訳したという。
グズな男グズーキン、おせっかいのセワーヤキン、おしゃべりで大口を叩くカミーツキイ、老人のジジクセイロフのネーミングも同様とのこと。

意訳はともあれ、作者によるネーミングの狙いが、言葉遊びにあることがよくわかる。こういった言葉遊びがありテンポを重視した戯曲は、舞台同様に訳注がない方がいい。古典的作品でありながら、古典と意識させないで愉しく読めた。
翻訳というフィルターはあるが、作者は理屈ぬきで愉しめるコメディを書きたかったのだろう。本を読む限りでは滑稽譚という感じではあれども笑えるには至っていないが、これに役者の演技がついたらきっと笑えると思う。面白い舞台になるだろうな。(2005/1/18)

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