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検察官/ゴーゴリ

検察官
ゴーゴリ(ニコライ・ゴーゴリ)

My評価★★★★

訳:船木裕
群像社ライブラリー(2001年10月)
ISBN4-905821-21-5 【Amazon


帝政時代のロシア。とある地方都市の市長は、ペテルブルクから極秘に監察官がやって来るという情報を掴んだ。
市長はワイロや不正がばれては大変と、慈善病院長、教育委員長、判事、区警察署長、郵便局長などの顔役を集めて、対策を講じようとする。対策とは、清廉潔白を装って、監察官を接待すること。
そこへペテルブルクから来た青年が投宿していることが判明。すその青年こそ監察官に違いないと、市長が出迎えに向かう。
しかし青年フレスタコーフは各地で遊蕩三昧し、贅沢や博打でスッテンテン。宿代を払えず食事にも事欠く有様。そんなこととは知らずフレスタコーフを監察官だと思い込んでいる市長は、彼を自宅へ招いて接待する。顔役たちはフレスタコーフのご機嫌伺いに参上し、商人たちは苦情を訴え出る。
市長の妻と娘は、都会で洗練されたフレスタコーフに熱を上げるのだが・・・。

********************

不正が暴かれては大変と、人違いから珍騒動が巻き起こる戯曲。珍しくはない展開だが、ゴーゴリの手にかかると、これがけっこう面白可笑しいのだ。
それは話の筋というよりも、むしろ各人物像によるのではないかと思う。人物は「こういう人いるよなあ」というタイプ別に書き分けられていて、現代人からみても違和感がない。
市長と慈善病院長は、この事件で一見手を組んだかのようでいて、実はお互いに相手を快く思っていない。他の人物たちも、表面は親しいようでいて、本当はみんな自分のことしか考えていない。
そんな人物たちなのだが、約170年前に書かれた人物像がいまでも通じるのだ。いまでも「こういう人いる」と思うのだから、役人は変わらないのだなあ。人は変わらないのだなあ・・・。
ともあれ、時代を越える普遍的な人物像を描き出したゴーゴリの観察眼、簡潔にして精妙で軽妙な筆遣いが冴える。
滑稽さとユーモアを交え、私利私欲を貪る人たちを揶揄しつつ、尚且つそれぞれの人物に人間味が感じられる。さらにそこはかとなく、悲哀とでも言おうか、愁いのようなニュアンスがあるように感じられてならない。滑稽さの底に悲哀が込められているように思う。この筆力は、すごいのではないだろうか。

訳者あとがきによると、本文では『監察官』と訳出しており、タイトルには従来から親しまれている『検察官』を踏襲したとのこと。また、各人物の名前には意味があり、市長の姓スクヴォズニークは「ずる賢い敏腕家」、教育委員長の姓フローポフは「いやしいおべっか使い」という感じになるのだそうだ。
巻末の上演史によると初演は1836年で、このときニコライ一世が観て笑い転げたという。
役人の不正がテーマなので上演禁止となってもおかしくないのだろうが、帝政ロシアからソ連時代を経て禁止にならないのは、初演でニコライ一世が笑ったためだろうと推察される。
鶴の一声ならぬ皇帝の一笑い。
皇帝が認めたのでは、誰が苦情を言えよう。ニコライ一世は太っ腹だったのか、それともあまりにも世間知らずで鷹揚だったのか・・・?どんな人だったのだろう。(2005/2/14)

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