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イコノロジー研究/エルヴィン・パノフスキー

イコノロジー研究
エルヴィン・パノフスキー

My評価★★★★★

訳:浅野徹・阿天坊耀・塚田孝雄・永澤峻・福部信敏
ちくま学術文庫,上下巻(2002年11月)
上巻:ISBN978-4-480-08721-4 【Amazon
下巻:ISBN978-4-480-08722-2 【Amazon
原題:STUDIES IN ICONOLOGY;Humanistic Themes in the Art of the Renaissance(1939)

目次
上巻:凡例/トーチブック版への序文/序文/1 序論/2 ピエロ・ディ・コジモの二つの絵画群における人間の初期の歴史/3 時の翁/4 盲目のクピド/原註
下巻:凡例/5 フィレンツェと北イタリアにおける新プラトン主義運動(バンディネリとティツィアーノ)/6 新プラトン主義運動とミケランジェロ/追録 カサ・ブオナッロティの粘土原型/原註/図版目次/訳者あとがき/文庫版のための改題とあとがき/参考文献目録/著作目録/索引

イコノロジー研究(上)イコノロジー研究(下)
サブタイトルは「ルネサンス美術における人文主義の諸テーマ」。
イタリア・ルネサンス美術関連書を読んでいるとパノフスキーの名前は必ず挙げられているほど、イコノロジーの大家。パノフスキーと彼の『イコノロジー研究』は有名で、現在でも多大なる影響を与えています。
訳者あとがきによると、エルヴィン・パノフスキー(1892-1968)はドイツに生まれ、フライブルク大学で哲学博士号を取得。
1921年にハンブルク大学講師、1926年には美術の正教授になる。そしてヴァルブルク研究所の創設者で美術史家アビィ・ヴァルブルクと、哲学者・思想史家エルンスト・カッシーラーとの交流によって、方法論を定式化する上で影響を受けたといいます。ちなみに三者ともユダヤ系ドイツ人。
1931年、ニューヨーク大学に客員教授として招かれ初渡米。以降、ハンブルクとニューヨークを往復するが、1933年のナチスによるユダヤ人公職追放に起因してアメリカへ移住。ニューヨーク大学、ハーバート大学、プリンストン大学などで教鞭を執る。

内容を大雑把にいえば、中世からルネサンス期(及びバロック期。バロックは私の興味外なので何とも言えません)における思潮による絵画表現の変化、といったところでしょうか。
ギリシア・ローマ以来の古典文学や哲学、旧新聖書や福音書、各地に散在している芸術作品など、膨大な資料が駆使されています。
上下巻ですが、図版が多いことと、上巻の4分の1強は原註、下巻の半分は原註と目録なので、本文は少ないんですね。

パノフスキーは美術作品における主題・意味を、三つの層に区けています。現象的な「第一段階的・自然的意味」と「第二段階的・伝習的意味」の層と、本質的な「内的意味・内容」の層と三つです。このうちイコノロジーにあたるのは最後の層です。
この三つの層を、「街で会った紳士が帽子をとって挨拶した」という日常生活上の行為を例に挙げて、わかりやすく説明しています。

元来、専門家に向けた専門書ではなく、アメリカのごく普通の教養人に向けた本なので、平明な言葉で丁寧に説明されています。読む前はとても難解だろうと思っていたのですが、読みやすくわかりやすかったです。これは翻訳の賜物もあるでしょうね。
ですが基礎知識は必要です。ルネサンス美術の入門者向きではないでしょう。また、本著を方法論と捉えるのは適当ではないだろうと思います。大事なのは方法でも結論でもなく、そこへ至る論理や論証といったプロセスにあるので、パノフスキーの筋道だった思索を辿りながら読むべきだと思います。

2 ピエロ・ディ・コジモの二つの絵画群
コジモの絵画にみるウルカヌス(火と鍛冶の神)とアエオルス(風の神)らについて語られており、これによってコジモの絵画群の世界観が次第に顕になっていくんです。
本書とは関係ないのですが、ウルカヌスの特徴が描かれているのに、ヒュラス(ヘラクレスの侍童)と取り違えたり、なかにはアドニス(アフロディテに愛された美少年)としている解説者もいるんです。
ウルカヌスとアドニスはまったく異なるので、これを取り違えると絵に描かれている内容を説明しきれないし、正反対の解釈をしてしまうことも。そんなことないと思うでしょ?でも現にあるんですよ。

3 時の翁
クロノス(ギリシア神話におけるゼウスの父)=サトゥルヌス(クロノスに相当するローマの古い農耕神)属性を持っていた時の翁像の、古代-中世-ルネサンスにおける象徴的意味と視覚表現の変遷。
このサトゥルヌス属性は時代を経て、一部が死神のイメージへと変わっていくのですが、どういう過程を経てそうなったのかなどが詳らかに論証されています。

4 盲目のクピド
なぜ盲目なのか以前から気になっていたのですが、アレゴリー的解釈だけを説明した安直な本はあるだけれど。アレゴリーは一種の記号でしかなく、なぜそのアレゴリーが多くの芸術家に採用されたのか、なにゆえにそのアレゴリーは必要なのか(アレゴリーの真の意味)といったことを解き明かしてくれたのは、私がこれまで読んだ本の中では本書だけでした。
世間一般的に、クピドとキューピッドを同一視している解釈も少なくないですね。同一視すると説明しきれない絵画が多いんだけど・・・。
クピドも時の翁とともに、時代性とその思潮によって複雑で奇妙な変遷を経ているのがよくわかりました。

5 フィレンツェと北イタリアにおける新プラトン主義運動
新プラトン主義とは何かがわかりやすく説明されています。私は眠くなったけど・・・。新プラトン主義は結論先にありきで、結論へのこじつけとしか思えないんだもの。
一風潮を築いた感のある新プラトン主義ですが、バロック期には廃れてしまったため、後代の人々にはルネサンス美術を解読できなくなったそうです。
とは言うものの、イタリア(特にフィレンツェ)・ルネサンス美術を理解する上で、新プラトン主義は欠かせない、と言うよりも新プラトン主義でしか解読できないでしょうね。
ティツィアーノの絵画を主に、ウェヌス(ギリシア神話のアフロディテに相当するローマ神話の女神)について、着衣と裸体の女性像の意味の反転、裸体の女性像が宗教的に本来どんな意味を持っていたのかなどが語られています。古典などの書誌学上の意味と美術表現上の意味は異なり、ときには正反対になるという。書誌学上やアレゴリーだけではわからないということですね。

6 新プラトン主義運動とミケランジェロ
個人的には、この章にいちばん興味を惹かれました。ミケランジェロの作品に見られる思想を新プラトン主義、それもミケランジェロ流の新プラトン主義で読み解いた章。マニエリスムとバロックとの相違点についても触れています。
白状するとミケランジェロ作品について、さほど読んだことがないんです。それは読みたいと思う(手ごろな)解説書を見つけられなかったから。ミケランジェロの彫像について納得できる解釈をみつけられず、2、3の本を例外として、どれもこれも似たりよったりなことしか書かれていなくて、私が疑問に感じていることに触れていなかったり・・・。それが、本書を読んでようやく氷解したという感じです。
私が読んだことのある(数少ないのですが)中で、疑問点を解き明かしてくれた唯一の本であり、いちばん納得できるミケランジェロ論でした。
ただ残念なことに、ミケランジェロの彫像はデシタル画像や印刷物ではわからないため、実物を観るしかないんですよねえ。

本書はルネサンス美術を識る上での必読書です。
とはいうものの、美術の講義や解説をする人でも、どうやら未読の人が少なくない様子。また、近年ではパノフスキーの論述を無視して安易に結論に飛びつき、早まった、もしくは誤った解釈をしてしまう解説も少なくないように見受けられます。なかにはイコノグラフィー(図像学)とイコノロジー(図像解釈学)を混同して同一視している人もいるような・・・。(2011/6/1)

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