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死をもちて赦されん/ピーター・トレメイン

死をもちて赦されん
ピーター・トレメイン

My評価★★★

創元推理文庫(20011年1月)
ISBN978-4-488-21815-7 【Amazon
原題:Absolution by Murder(1994)


死をもちて赦されん日本では順不同で刊行されましたが、本書が修道女フィデルマ・シリーズの長編第1作目。フィデルマとエイダルフの出会い編です。

紀元664年、ノーサンブリア王国のオズウィー王のもと、長年の宗教論争に決着をつけるべく『ウィトビア教会会議』が開かれようとしていた。
ノーサンブリアがこれまでのようにアイルランドのアイオナ・カソリックでいるのか、それともローマ・カソリックに帰依するかを決める会議となる。各地からアイオナ派とローマ派の代表者たちが集まるが、その中にフィデルマもいた。

会議を直前にして、アイオナ派の主席代表の院長が殺害された。裁判官で上位弁護士のフィデルマに調査が命じられる。
オズウィー王は公平を期して、ローマ派からも調査員を出させた。それがカンタベリー大司教の一行にいる、サクソン人修道士エイダルフだった。フィデルマとエイダルフは、会議が開催されるまでに真相を明らかにしなければなない。
調査が進まないなか、今度はカンタベリー大司教が亡くなっているのが発見された!

********************

7世紀のアイルランドを舞台に、美貌の修道女で上位弁護士・裁判官のフィデルマが活躍するケルト・ミステリー。
なぜこの長編第1作目から邦訳が刊行されなかったのか、読んでみて納得。この巻から文庫化されていたら、読者は付かなかっただろうしシリーズ化されなかったかも。日本人には、よほど興味のある人でないと難しいんじゃないかな。
多少ともケルト史(教会史)をかじっていて、アイオナとローマのカソリックについての予備知識がないと、なかなか理解し難いだろうと思います。

中世ケルト教会圏は、アイルランド、スコットランド、ノーサンブリアにまたがります。そのノーサンブリアが、ケルト教会の拠点アイオナか、ローマ・カソリックかの選択を迫られるのです。
要はノーサンブリアが、スコットランドとアイルランドに属したままでいるか、ローマ及びイングランド(ブリタニア)側に付くかということ。
これは西ヨーロッパのキリスト教を牽引するアイルランドにとって重大事で、各地にネットワークをもつケルト教会圏・文化圏を揺るがし、分裂させかねない歴史的一大事件なわけです。
そのケルトの未来を決定するのが『ウィトビア教会会議』です。実際にはノーサンブリアがローマ派になってからも、アイオナ派との交流があったそうですが。
ケルト教会圏を二分することになる宗教論争の論点は、復活祭の日取りと修道士の剃髪の形について。日本人の非カソリックには、どっちでもいいんじゃ・・・と思うのだけれど。
ものの本によると、この論議は教皇ホノリウス一世(在位625-638)が628年頃にアイルランドの主な修道院に送った書簡の中に記されているのだそうです。これが発端ではないかなと思うのだけれど、どうなんでしょうね。

私は歴史的部分に関しては興味深く読みました。ただし、読みやすいとは言えないけど。
トレメインは学者なので、文体に学者の説明調が出てしまっている感じがして、小説としてはぎこちない。それに歴史とミステリーの部分が、巧く噛み合っていないような。たぶん技術的な問題だと思います。現にシリーズの既刊では気にならなかったので。
ミステリーとしては拙いと思いました。だって犯人の見当が早々についちゃうんだもの!動機も説得力に欠けるしなあ。そうそう、フィデルマの性格もまだ揺れてますね。
個人的にはミステリーとしてはちょっと・・・。でもケルト教会圏に関わる歴史は面白かったです。そんな読者は少数派かもしれませんが。(2011/6/20)

蜘蛛の巣
幼き子らよ、我がもとへ
修道女フィデルマの叡智
蛇、もっとも禍し
修道女フィデルマの洞察
+死をもちて赦されん

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このシリーズ、大好きです。

こんにちは。大好きなシリーズで、今も読んでない本が一冊本棚にあります。この作品は数年前に読んだと思うんですが、片っ端から忘れてしまう、救いようのない健忘症なので、覚えていません(多分加齢によるボケ?)。プロットは良くないかも知れないですが、歴史小説としては面白そうな内容ですね。

ウットビイの公会議とフィデルマとエイダルフ(と和訳ではなっているのですね、知りませんでした)の出会いを重ねて、文化や宗教の違いと2人の違った考えを持つ人間の衝突と友愛(やがて男女の愛になるんでしょうが)を描くというというアイデアはとても上手いと思います。但、おっしゃるように、日本人には理解しにくい設定かも知れませんが。

前もこのシリーズの感想を書かれた時にコメントを書かせていただいたみたいですね。上記のコメントを書いてから気づきました。
Yoshi

No title

Yoshiさん

こんばんは。
私もこのシリーズ好きなのですが、邦訳では後の巻から出ているので、そちらを読んでから1作目を読むとアラが目立ってしまう。
この1作目からシリーズを読み始めていれば、感想が変わっていたのかなと思ってます。

Wikipediaでは「ウィットビー」になってました。「ウィトビア」という訳には違和感があったのですが、本ではそうなっているんですよ。
最近の翻訳では、地名や人名は現地の言語をそのままカタカナ表記にするのが、ほぼ一般的な傾向ではないかと思うのですが・・・。

>フィデルマとエイダルフ(と和訳ではなっているのですね、
えっ?ということは、読み方が違うのでしょうか?気になります~。

No title

Whitbyは英語の地名ですが、この時代ですから、「ウィットビア」というのはラテン語名かもしれません。翻訳者の方はきっと何かの本で調べられたことと思います。いずれにせよ、Fildelmaはアイルランド人ですので、最初イングランドに来た時はラテン語で主に会話しているという想定でしょうね。

Eadulfをエイダルフと読むのは現代英語読みとして正しいのでしょうが、当時の英語はローマ字と近い方式でアルファベットを使っていましたので、中世風に読めば「エアドゥルフ」と言った感じの読みだったかも知れません。 Yoshi

エアドゥルフ!?

Yoshiさん

お返事ありがとうございます。
なるほどラテン語ですか。そう言われるとウィットビーよりウィトビアの方がしっくりするような。

Eadulfは中世風には「エアドゥルフ」ですか。
エイダルフという名前は現代的で違和感があったのですが、エアドゥルフはちょっとなじめないので、エイダルフでよかった(笑)、という感じです。

どうやら邦訳の地名と人名は、英語読みとラテン語(?)読みが混在しているみたいです。
でも全部が中世風なると、学術書ならともかく、小説としては読みにくいし・・・。翻訳って大変なんですね。
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