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心は高原に/ウィリアム・サローヤン

心は高原に
ウィリアム・サローヤン

My評価★★★★

訳:千葉茂樹
小峰書店(1996年6月)
カバー画・挿画:杉田比呂美
ISBN4-338-13302-3 【Amazon
原題:two stories out of the book:Fresno stories(1994)

収録作:心は高原に/キングズリバーのいかだ


心は高原に(The Man With the Heart in the Highlands)
ある日、ジョニーの家の前でラッパ吹きのおじいさんが立ち止まった。おじいさんは水を欲しがっていたのだが、ジョニーがいろいろと質問攻めにしているうちに、おじいさんは心をスコットランドの高原に置いてきたと言う。
そこへジョニーの父さんが来て、おじいさんを昼食へ誘う。

父さんは昼食用のパンとチーズを買ってくるようにジョニーに言うが、ツケを払うまで売ってくれないとジョニーは言い返した。
店のコサックさんがジョニーに、詩人の父さんがどうして普通の人と同じように働かなのか、働いてツケを払うようにと言うからだった。
それでもなんとかパンとチーズを手に入れて持ち帰り、みんなで食べることができた。昼食のお礼におじいさんは家の前でラッパを吹いてみせた。すると近所の人がぞろぞろやって来て・・・。

********************

一見童話ふうの内容ですが、実はこのあとにまだオチがあるのです。でもそこまで明かしてはつまらないでしょ。
心を高原に置いてきたおじいさんは、音楽よりもパンが大事だと言います。偉大な詩を書く父さんは、詩はお金にならないと言う。
そんな父をもつジョニーは、まだ幼いながらもしっかり者。貧しくて食べ物もなく苦労しながらも、楽天的に明るく生きる家族が微笑ましいです。

サローヤンは貧しさをリアルに描くのではなく、貧しくて世間はどこかしら不合理だけれども、ささやかな喜びを抱いて生きる人々を愛情込めて描くのが巧みです。

キングスリバーのいかだ(The Last Word was Love)
高校を卒業した兄さんはぶどう園で働いてお金を貯め、9月のある朝突然ぼくを起こして、サンフランシスコへ行くと言った。兄さんは泣いていて、ぼくはなんのために泣くのかわからまま泣いた。

兄さんは何もかも父さんから学んでいた。その兄が家を出ると言うのだ。きっと両親がケンカばかりしているからに違いない。
二人でキングズリバーを川下りすべく作りかけの筏。その筏の上に兄さんは腰をおろした。兄さんは二度と戻ってこないと言う。父や母を憎んでいるのかと聞くと、違うと言う。でも僕には何ひとつわからなかった。

しばらくして家へ戻ると母さんは、父さんは何もかも知っていると言った。そしてぼくに、筏を完成させるようと言う。
二週間後、父さんの手を借りて完成した筏を川面に浮かべた。そのとき父さんは兄さんからの手紙を読んでくれた。

歳月が過ぎ、いま私には16歳の息子がいる。やがて息子は巣立って行くだろう。

********************

子どもはいつか親の元から巣立って行くもの。
親を尊敬しつつも反発し、未知の世界への憧れと自立心を持つ少年が青年へと変わるとき、その子どもを見守り、自分よりもよりよい人生を送ってもらいたいと願う親の姿がさりげなく描かれています。
書きようによっては大仰なテーマにもなるのに、サローヤンは生活者の視点に立って、本当にサラリと描いているのです。そんなサローヤンのさりげなさが好きです。(2001/3/29)

わが心高原に/おーい、救けてくれ!(「心は高原に」の戯曲バージョン)

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