スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

男やもめ 他一篇/アーダルベルト・シュティフター

男やもめ 他一篇
シュティフター(アーダルベルト・シュティフター)

My評価★★★

訳・解説:加藤一郎
岩波文庫(1940年5月)
ISBN4-00-324225-X 【Amazon

収録作:禿鷹/男やもめ


2篇とも初期の作品で、1844~1850年にかけて松籟社から刊行された『シュティフター作品集 習作集』(全5巻)に収録されている。ただし入手困難。『コンドル』(禿鷹)は習作集Iに、『老独身者』(男やもめ)は習作集IIに所収されているという。
作者自ら「習作」集と銘打っているだけに、やはり習作だなあと思う。まあ、初期の作品だから。

岩波文庫では絶版だったが、2005年2月(第4刷)リクエスト復刊された。
訳文は旧漢字旧仮名だが、漢字の使い方や言い回しがあまりに古いので、訳者の年齢を察するに、おそらく明治時代の教育を受けた人ではないかと思われる。旧仮名はまだいいのだが、漢字がねえ・・・。読めるだけでありがたいと思わなければいけないのだけれど。

禿鷹(Der Condor.1840)
美しい月夜の夜更け、グスターフは牡猫ヒンツェに語りかけながら待っていた。気球「禿鷹(コンドル)号」が昇っていくのを。禿鷹号には、彼が密かに愛するコルネーリアが乗っていた。
コルネーリアは禿鷹号への同乗を頼み込み、果敢にも空へ挑んだのだが、結果は無残に終わった。
数日後、グスターフはコルネーリアを訪ねる。中断していた絵の勉強の続きを始めているうちに、二人は心を通わせる。だが、グスターフには胸に秘めた決意があった。

歳月が流れ、パリの展覧会に出品されている絵が注目を集めた。だが作者を知っている者はおらず、様々な憶測が交わされるなか、閉場間際に美しい一婦人がその絵の前に佇んでいた。

********************

シュティフター35歳のときの作品で、完成された作品としては最初のもの。つまりデビュー作。
若書きという印象は拭えない。こういうストーリーは他の作家も書いていそうで、特に目新しさを感じなかった。
だが、芸術に対するグスターフの想い、それぞれの道を独自に貫こうとする考え方に、シュティフターらしさを感じた。禿鷹(コンドル)だったのは、コルネーリアではなくグスターフなのだ。

コルネーリアはグスターフに、女には空が堪えられつこない!(p28)と心情を吐露するのだが、女だからではない、お前が堪えられないんだろ、とツッコミたくなる。
シュティフターはコルネーリア個人の出来事を、女性全般にすり替えている。作者がどれほど意識して書いたのかは不明だが、後年を作品から鑑みるに、おそらくあまり意識していなかったのではないだろうか。作者の反応は、家庭を重視したこの時代の一般的な反応ではなかったかと思う。

●男やもめ(Der Hagetolz.1845)
ヴィクトールは友だちに「自分は決して結婚しない」と言う。
幼くして両親を亡くしたヴィクトールは、顔も憶えていない父の遺言によって、養母ルートミラに育てられた。父は借金を残して亡くなり、残った僅かな財産は父にお金を工面してやった伯父に差し押さえられている。
ヴィクトールは、養母と義理の妹ハンナと暮らしてきた家を出て、遠く離れた地の役所に勤めるために、荷造りを始める。出立の前日、彼はハンナと心の裡を明かし合う。

ヴィクトールが旅立つと、彼を慕った飼い犬が必死に追って来た。彼は犬を連れて徒歩で山野を旅する。彼は伯父に呼ばれていたので、訪ねなければならなかったのだ。
伯父が住んでいるところは、峻厳な山に囲まれた湖の島中にある、かつてスコットランドから改宗にやって来た基督信者が、異教徒に迫害されて隠れ住んだ僧院だった。独身の伯父は、老いた執事と賄いの老婆と暮らしていた。
ヴィクトールは無口で偏屈な伯父の館に逗留することになる。彼は伯父がなぜ自分を呼び寄せたのか気になり始める。

********************

「やもめ」なんて言葉はいまでは死語だが、これはヴィクトールのことではなくて、伯父を指している。他の訳者が『老独身者』と題したものと同じ作品ではないかと思う。
『禿鷹』から5年後に発表された作品なのだが、自然描写とストーリー共に、ぐっとシュティフターらしさが表れている。
養母とその家への慕情や人々の善人さ、財産について、いかにもシュティフターらしい。作者はこの頃から財産にこだわっていたのか、と思ってしまった。作者はきっと経済的に苦労していたのだろう、と考えるのは余計なお世話か。

ヴィクトールは伯父を偏屈で偏狭な人だと思っていたのだが、意外な本音を知らされる。でも、私は伯父の論理は独断的ではないかと思う。性格というよりも言い方が。ただ、他の訳だと印象が変わるかもしれない。
伯父は本当は悪い人ではないのだが、決して善人とは言えない。実際的な人なのだ。自分と同じことを他の人にも求めるタイプだろう。でも、村人から好かれていないのだから、やはり性格だろうな。長年閉じ篭った生活をしていれば、気持ちも頑なになってしまうのだろう。
人生に満足していないのだから、頑なさは諦めからきているのだろうし、その気持ちのなかには、変化を恐がっている部分もあるのではないだろうか。(2005/3/6)

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへにほんブログ村 本ブログ 海外文学へ

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

H2

Author:H2
My評価について
=1ポイント
=0.5ポイント
最高5ポイント

最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
FC2カウンター
検索フォーム
リンク
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。