スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

夢十夜/夏目漱石

夢十夜
夏目漱石

My評価★★★★★

パロル舎(1999年3月)
画:金井田英津子
ISBN4-89419-206-3 【Amazon


一夜一夢、十夜十夢の幻想掌編。
「第一夜」は、夢の中で、女が自分はもうすぐ死ぬと言う。死んだら真珠貝で穴を掘って埋め、星の破片を墓標にしてほしい。墓の傍で百年待ってほしい、きっと逢いに来るから。そして赤い日が昇り日が沈み、百年を経たとき・・・。
妖しくも清冽な最後の場面が美しい。この美しさは、色彩表現が巧みに織り込まれていることによるのではないかと思う。ラストは、中国の故事にありそうな感じ。

私が一番印象に残ったは「第三夜」。
六つになる自分の子どもを背負った父親が、青田の道を抜け一路森を目指している。父親は子どもの大人びた口調が不気味になってきて、森へ捨てていこうかと考える。子どもは、もうすぐわかる、森へ行くとわかると言う。
そして嘲るように笑う。何がわかるというのだろう     
薄気味悪さの漂う一篇。気味悪く思うのは、背負っている子どもへの感情、子どもの正体、それが自分の子どもだというところ。父親を通じて、夢を見ている側の精神の不健全さとでもいうようなことが感じられるんです。

「第五夜」は、神代に近い昔の出来事。
戦で捕虜となり処刑される寸前の男は、最後にひと目恋する女に逢いたいと願う。
敵の大将は、夜明けを告げる鶏が鳴くまでなら待つと言った。女は天馬の如き馬に乗り早駆け、一心に男の下を目指すが・・・。
この本の中ではいちばん動的な1篇。馬の力強い描写、馬上の女の姿が神話的なムードを湛えています。

「第十夜」では、町内一の好男子・庄太郎が、いなせな女に付いて行ったきり姿を帰って来ない。
七日目になってようよう帰宅した庄太郎が言うには、女に付いて野原を通り絶壁に辿り着いた。女はここから飛び込んで御覧、思い切って飛び込まなければ豚に舐められると言う。庄太郎は豚が大嫌いだったが、豚は鼻を鳴らして近づいて来る。

初出は1908(明治41)年、朝日新聞紙上にて4編所収とのこと。
『夢十夜』は研究者などにとり、漱石の識閾下をフロイト的アプローチで探るに絶好の作品と思われているようです。
それがいけないと言うのではないけれど、漱石の他の諸作品あるいは作者漱石を解読するためのテキスト的扱いをされているようで、この作品自体の評価が低いのではないのかなあ、という印象を受けるんですよ。
「第三夜」や、ロンドン留学時代の心情を思わせる外洋船上での「第七夜」を読むと、確かに漱石の心情や精神状態を探りたくなります。死を扱っている話が多いのも気になるし。けれども敢えて分析をせず、純粋に愉しむだけのために読まれてもいいんじゃないのかな。
作品を分析してもいいと思うけど、それで作品そのもの面白さが見えなくなってしまってはねぇ。

私としては、冥く妖しく映像を喚起させる作品をそのまま堪能したいです。そういう意味で、このパロル舎版は解説などの情報が付加されていないところがいい。
ただ、金井田英津子の絵は悪くはないのだけれど、漱石の文章に圧されているような。文章そのものが映像を喚起させるので絵はいらないかな、と思う箇所がありました。(2004/7/24)

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

H2

Author:H2
My評価について
=1ポイント
=0.5ポイント
最高5ポイント

最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
FC2カウンター
検索フォーム
リンク
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。