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夜明けのブランデー/池波正太郎

夜明けのブランデー
池波正太郎

My評価★★★☆

文春文庫(1989年2月)
ISBN4-16-714240-6 【Amazon


池波正太郎(1923(大正12)-1990(平成2)年)のエッセイ集。著者の筆によるスケッチ多数。雑誌連載したものが単行本化(昭和60年11月刊)され、それを文庫化したもの。

雑誌連載は夏に始まり、秋に伊丹十三監督の『お葬式』(1984年11月初公開)を観たこと、後半に黒澤明監督の『乱』(1985年6月初公開)の試写に行ったことが書かれているので、昭和59年夏から60年夏までの一年間でしょう。
身の回りの出来事や幼少期の思い出、時事問題、映画の話など、昭和の香りが濃厚に漂っていました。ゆったりとした文章のリズムが、すでに昭和という感じがします。
私には全篇レトロという感じがするのだけれど、団塊世代の方々には懐かしく感じるのかな。

当時の著者は作家として脂ののった時期だろうと思うのですが、60歳を越えて体力の衰えを痛感し、入院したりで健康を気にしています。そうしたことを踏まえて読むと、出逢った人々や過去への愛惜がたんなる思い出話というのではなく、人生の整理をしているように思えなくはない。井戸を掘ろうと思い続けてきたけれど、「恐らく、もうむりだろう」というところに特にそう感じるのです。
しかも氏は、淡々と言い切っているんです。諦観ではなく、やれることは時間的に限られているから、できることをやっていく、というみたいな。気負いや焦りを突き抜けていて、淡々としているところに滋味深さを感じました。

生きることが楽になってきたと感じたのが、40歳を越えてからだといいます。氏のような人でも、生きにくさを感じていたとは。
人は40歳ぐらいになって残された人生を思うようにならないと、迷いが抜けてラクに生きられないのかあ。でもそれは40歳になってわかるものではなく、40歳を過ぎてからわかるということみたい。50歳ぐらいならないと、わからないということか。うーん・・・。
孔子でさえ「四十にして迷わず、五十にして天命を知る」というのだから、人は40歳になっても迷って当然ということなのでしょうね。私のような凡人は、ヘタをすると一生迷い続けそう・・・。(2007/1/11)

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