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前日島/ウンベルト・エーコ

前日島
ウンベルト・エーコ

My評価★★★★☆

訳:藤村昌昭
文藝春秋(1999年6月)
ISBN4-16-318500-3 【Amazon
原題:L'ISOLA DEL GIORNO PRIMA(1994)


時は大航海時代の17世紀。嵐に遭い、青年貴族ロベルト・ド・ラ・グリーヴの乗船したアマリリス号が難破。遭難したロベルトは海を漂い、運良く停泊していたダフネ号に辿り着く。
しかし、ダフネ号には誰もいなかった!ついさっきまで人がいた気配はあるのに・・・。
ロベルトが船内を探索すると、どこも荒れてはおらず食料は豊富にあり、たわわに実のなる果樹園と鳥舎で鳥が飼われていた。乗組員たちはどこに行ったのか?

やがて島が見えた。だがダフネ号にボートはなく、ロベルトは泳げない。島があっても上陸することができない。
ロベルトは「貴女」に宛てて手紙を書きながら、過去を追想する。幻の兄フェッランテのこと、カザーレでの包囲戦、パリのサロンでの日々。報われぬ恋。嫌でもアマリリス号に乗船するまでの経緯の秘密。神秘のソロモン諸島のこと・・・。

ロベルトは、船に誰かがいることに気づく。そして、隠れていたカスパル神父をみつけた。神父からダフネ号は<今日>という時間にいるが、船から見える島は<昨日>の時間に属すると聞かされる。

********************

17世紀に生きたロベルトの手記を、現代の作者が再構成して語る物語になっています。
この作品は、ラストまで読まないと全体を俯瞰できないですね。その上で、いろいろな読み方ができるように思われます。
いつまでたってもロベルトが行動しないのでイライラさせられるのですが、実は島に辿り着くことが主題ではないんですね。島は現在と過去の象徴で、その島にイメージを重ねて、現在と過去を繋ぐロベルトの物語が進行するのです。

ロベルトは身をもって17世紀の哲学・神学・科学論を試行錯誤します。この作品を読むと、地球が球体であることや天動説が、神学上いかに危険思想なのかがわかるような気がしました。
簡単に言うと、17世紀は錬金術から科学へと発達した最もたる時代で、錬金術が異端の魔術的で胡散臭いものであるのに対し、科学は論理的で合理的なものと一部では見なされていました。
しかし科学が進歩すればするほど、神学との矛盾が生じます。新たな島や大陸を発見すると、そこには別の神がいて聖書とは異なる歴史があるからです。
要するに科学の発達によって聖書の真実性が疑われるわけで、ロベルトや同時代人の昏迷の一つはここから生じるのだと思います。
ロベルトは、一方には宗教裁判や異端審問があり、もう一方には科学が進み新大陸への到達など、現実と神学の狭間で混乱する17世紀人を体現しているのではないでしょうか。

ロベルトが自身の過失を責任転嫁するためにフェッランテは生まれた。過失を起こしたのは自分ではないという考えは、過去の自分の存在そのものを否定してしまう。そのためにロベルトは、自己認識が希薄で不安定な存在に成長してしまう。
彼は自分が何者なのかを知りません。だからこそ、手記という形で自分史を綴り、過去を考察して現在の自分を再形成しようとするのではないでしょうか。

さらに、自我を確立するためにフェッランテの小説を創作します。フェッランテは、ありえたかもしれないロベルト自身です。ロベルトの抑圧された自我と言えるのでは。
ロベルトは小説を書き始めてから次第に現実と非現実の混交の度合いが増していき、いささか狂気じみてくるのですが、騙されてはいけない。彼は非常に理性的です。
フェッランテとの折り合いがついてロベルトが自分自身を取り戻したとき、それが正しいことかは別として、新生ロベルトは未来へと踏み出すことができるのでしょう。だからこの物語は、ロベルトの自己快復の物語と言えるのではないでしょうか。(2001/11/15)

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