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薔薇の名前/ウンベルト・エーコ

薔薇の名前
ウンベルト・エーコ

My評価★★★★★

訳・解説(下巻):河島英昭
東京創元社,上下巻(1990年1月)
上巻:ISBN4-488-01351-1 【Amazon
下巻:ISBN4-488-01352-X 【Amazon
原題:Il Nome della Rosa(1980)


1968年、ベネディクト派のアドソ僧院長の手記が発見された。アドソが老年に至ってから書いた手記には、彼の若かりし頃14世紀の、恐るべき事件の全貌が書かれていた。
教皇派と皇帝派が覇権を争い、ローマとアヴィニョンに法王庁が存在した14世紀は、宗教改革や異端審問が盛んであった。各宗派の代表は公会議において、教義あるいは制度、政策を執り決めて歩み寄ろうとしていた。
フランチェスコ会修道士ウィリアムは、皇帝の外交使節として公会議の前に打ち合わをするために、山上の僧院へと向かう。ベネディクト会見習修道士のアドソを従えて。

僧院では不可解な事件が起きていた。ウィリアムは僧院長から事件の解明を依頼される。だが、黙示録になぞられて次々に殺人事件が起る。どうやら原因は、キリスト教世界最大ともいえる文書館の蔵書にあるらしい。
ウィリアムとアドソは入室禁止の文書館に忍び込むが、内部は迷宮になっていた!
迷宮の謎を解かなければ、目的の書庫に近づくことができない。二人が事件を解明できないでいるうちに使節団が到着してしまう・・・。

********************

ストレーガ賞(伊)、メディシス賞(仏)受賞作。
迷宮の謎と暗号を解読して、連続殺人事件の真犯人を突きとめて事件を解決する、ということでならこの作品はミステリーとして読めると思います。
実際に作者はミステリーの手法を用いて物語を展開させているのですが、だからといってこの作品はミステリーだと思い込むと片手落ちになるのでは、と思うのです。
私は、ミステリーとしても読めるけれど、本質的にはミステリーではないと思っています。なぜなら真犯人を究明することが目的ではなく、結局のところ神学上の問題だと思うから。
謎を解く重要な鍵は、アリストテレスによる<笑い>の神学上の解釈。これはキリスト教の存亡に関わることなので、教会にとしては隠蔽か抹消したいでしょうね。

12世紀から続く自発的貧困(清貧)思想。ちなみに中世では、土地の所有と保有の観念が明分化していなかったといわれます。また、労働は所有ないし保有と切り離せない観念だったそうです。
所轄領に分裂し統合できないイタリアと、諸大国の台頭。一大勢力となったフランチェスコ会派の迷走など、社会が目まぐるしく変転するなか、翻弄され犠牲になるのは自らでは判断することの出来ないサルヴァトーレやレミージョのような人たち。

ウィリアムとアドソはホームズとワトソンの関係ですが、ウィリアムの推理方法がトマス・アクィナスの理論に基づいていることに注目。
作中でウィリアムがパリについて触れていますが、それは13世紀パリでのアヴァロニス学派(アラブ人の学者アヴァロニスによるアリストテレス解釈を思想とした)の大学と法王庁との紛争ではないかと思われます。つまり、教会法に縛られない知識階級が存在するパリの姿。
そうした歴史の流れから、トマス・アクィーノ(トマス・アクィナス)が立憲論を唱えたことに繋がっていくのではないでしょうか。
この作品にとって、トマス・アクィナスが重要なファクターになるんです。しかしウィリアムはトマス・アクィナスを奉じながらも立憲には懐疑的なんですよね。

幾度も二重性のイメージが繰り返されるように、物事は一面的ではなく、純粋な善は時として毒、悪意のない悪にもなる。
熱狂的であればこそ正道から外れやすい。一方から見れば崇高ではあっても、他方から見れば醜悪。虚言のうちにも真実があり、真実のうちにも虚言があるために、原因や結果、対象を特定しにくく、問題を解決できない。

二重性とトマス・アクィナス(に対するウィリアムの懐疑性)は何を意味しているのでしょうか?それはアドソの手記が発見された時代が、1968年ということにあるのでは。
1968年に何が起ったのかはわかりませんが、60~70年代はファシスト政権の崩壊から社会が平和となるだけの時が経った頃。しかし実際には反体制運動、極左テロの横行、経済恐慌。ヴェトナム戦争の傷痕など希望が潰えて先の見えない混沌とした社会で、知識人は発言力を封じられていたといいます。
このような現代社会を、エーコは中世に重ね合わせたのではないでしょうか。物語世界の僧院こそは中世イタリアの歴史と政治の縮図ですが、同時に、混沌とした出口のない60年代イタリアの縮図ではないのでしょうか。

事件は7日間で起ります。黙示録も創世記も7日。創世に破壊、再生。新たに再生するための破壊の物語ではないのかと思うのですが・・・。しかしながらラストの詩句では、未来に対して憂いを抱いているんですよねえ。
ともあれこの作品は、10人いれば10通りの読み方ができるのではないかと思います。(2002/1/16)

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