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大地のうた/ビブティブション・ボンドパッダエ

大地のうた
ビブティブション・ボンドパッダエ

My評価★★★★★

訳・解説:林良久
新宿書房(1984年8月) 【Amazon】
0097-045018-3335,ISBNコードは不明


インドのベンガル地方のニシュチンディプール村で暮らす、貧しいバラモンのホリホルと妻ショルボジョヤの間には、娘ドゥルガがいた。やがて息子オプーが産まれる。
オプーは話せるようになると何にでも興味を示し、父母に質問をしはじめた。オプーは本に興味を持ち、どこかにある遠い国を想像する。
ドゥルガは日中は家に寄り付かず、森を散策して遊び、木の実を拾って食べたり持ち帰ったりしていた。嵐で隣りにあるムクジュ家の庭のマンゴーが落ちると早速拾って来たが、ムクジュの妻はドゥルガを泥棒扱いする。ムクジュの妻は貧乏なホリホル一家を蔑んでいた。

ある日ドゥルガとオプーは、キラキラ光るものを拾う。ドゥルガはダイヤではないかと母親に見せるが、母親にはそれが何なのか見当がつかない。
ホリホルは道にダイヤが落ちているはずはない、でも大富豪の屋敷跡で拾ったものだからひょっとしたら・・・と思って物知りの村人に見てもらう。
オプーの初恋。森で嵐に遭い、ひしと抱き合うドゥルガとオプー。オプーは小学校へ通ったり、姉と一緒に線路を見に行ったり森でピクニックをしたり。
初めて村の外の世界を見聞し他村に滞在したオプーは、自分の家がいかに貧しいかを知る。姉にお菓子を食べさせてあげたい、お金があれば姉にオモチャを買ってあげたいと思う。

チョロク祭(4月に行なわれるシバ神を称える祭り)のため、村に旅芝居の一座が呼ばれた。オプーは本職の芸人による芝居を初めて見て感化され、自分で物語を書き始める。
しかし、オプー一家は悲劇に見舞われる。そのため一家は、ホリホルが若い頃に住んでいたベナレスに引っ越すことにした。ベナレスは物価は安く、仕事がありそうだからだった。
オプーは初めて汽車に乗る。ニシュチンディプール村で暮らした日々、姉ドゥルガとの思い出を胸に抱きしめて     

********************

この作品はインド文学の最高傑作の一つと言われています。
作品の時代背景はインドが独立する以前の20世紀初頭。当時カルカッタはインド第一の都市として文化の中心地であったが、対照的に農村部は貧しかった。
西ベンガル州はインド亜大陸の東部に位置し、カルカッタのような気候風土とは大きく異なり、水と緑の豊かな低湿地帯で水郷地帯。
そんな豊かで美しい自然に抱かれて、貧しくとも心豊かに暮らす姉弟。自然の美しいニシュチンディプール村で幼少期を過ごすオプーの、四季折々の出来事を綴った物語です。

ビブティブション・ボンドパッダエ(1894-1950)は、インド亜大陸の東部に位置するベンガル州のバラクプール村で生まれ育った。
この作品は、雑誌に一年間連載された当時から注目を集め、1929年に単行本が刊行。ビブティブションの自伝的小説だそうですが、彼は実際には5人兄弟。ドゥルガ以外は、実在の人物をモデルにしているとのこと。また、中では作者の故郷バラクプール村ではなく、ニシュチンディプール村と村名を変えています。

1955年、サタジット・レイ(1921-1992)監督によって、『大地のうた』が映画化。続く『大河のうた』『大樹のうた』」とでオプー三部作となります。日本でも公開されましたが、残念ながらいまだ観れないでいます。
『大地のうた』とは映画でのタイトル。原題は『ポテル・パンチャリ』といい、直訳では「道のうた」あるいは「道の物語」となるそうです。

村での生活は楽しいことばかりではなく、貧しさゆえの苦しみや悲しみもあります。悲しみの多くは姉ドゥルガにまつわること。両親から愛されず、願いが何一つ叶わなかったドゥルガ。ドゥルガは自分のことよりもオプーのことを優先する。主人公のオプーよりも、ドゥルガの方が強く印象に残りました。

オプーの成長物語ですが、ところどころ回想録的色彩を帯びています。ラストで、大人になったオプーの回想録であることがハッキリとわかります。
でも、作者は特定の主人公を描くことよりも、オプーやドゥルガ、両親、村の人々をも含んだ「ベンガルの村」そのものを書きたかったのではないかと思うのです。作者の故郷でベンガルの風景、そこでの暮らし書きたかったのではないのかと強く感じました。

真の主役はベンガルの大地なのだと思います。そこにはマンゴーが実り、キングサリなどの花咲く大地。天災も病気も貧困もあるけれど、大地は喜びも悲しみも包み込んでしまうかのよう。
そのベンガルの村での生活の中から得られる悦び。ささやかな生活の中に見出す悦びは、非常にささやかではあっても、生きる希望のようなものではないでしょうか。
都市生活者には想像し難い、生きることの厳しさ辛さ、悦びが悲喜交々描かれています。ともすれば重苦しくなりがちなのですが、全編に清澄さや詩情さが感じられました。詩情さは、ベンガルの自然から発せられているかのような。
読了後はオプーやドゥルガという特定の人物よりも、彼らの生活するベンガルの地に想いを馳せたました。

ホリホル家にはインディルばあさんが身を寄せているのですが、ショルボジョヤはインディルばあさんを追い出してしまう。インディルばあさんの境遇はカーストに関わることで、作中ではわかりやすく書かれているのですが、説明するとなると難しい。以下、カースト制について、解説を元にまとめてみました。

[カースト制について]
ヒンドゥー教社会は大きくバラモン(=ブラーミン。司祭・僧侶)・クシャトリヤ(王族・戦士)・バイシャ(商人)・スードラ(=シュードラ。農民・労働者)の四つのカーストに分けられるそうです。そして不可触民(現在ではハリジャンと呼ばれます)がいますが、不可触民にもカースト順位があるのだそうです。

解説によると、一般に信じられているところでは、12世紀にベンガル地方を支配したボッラル・シェン王が、さらに細分化し細かな規定を加え、複雑なカースト制度の基礎を作ったそうです。
その定めるところによると、バラモンには上位バラモンと下位バラモンがあり、上位バラモン(クリンと呼ばれる)の姓には、ムコパッダエ(=ムカルジー)・ボンドパッダエ(=バナルジー)・チョットパッダエ(=チャタルジー)・コンゴパッダエ(=あるいはカングリ)となる。
作者ビブティブション・ボンドパッダエは上位バラモンの家系なのだけれど、オプー一家のようにとても貧しかったそうです。
また、作中から察するところではスードラも細分化され、本来はカーストによって職業が規定されるらしい。

上位バラモンの男子は自由に下位バラモンの女子を娶ることができるが、下位バラモンの男子が上位バラモンの女子と結婚した場合、その女子の家系は下位バラモンに転落する。
上位バラモンの男子は持参金等の金めあてに、何度も結婚を繰り返したという。夫は順番に妻の家を訪問し、規定によって一定の金額を受け取って、次の妻のところへ旅立ってゆく。
村の女性たちは幼いないうちに嫁ぐので、一人の男が亡くなると、大勢の少女が若くして未亡人となる。
未亡人は再婚できず、日常生活で様々な制約を受ける。親兄弟が亡くなって財産が尽きれば、身一つで親族の家に身を寄せるしかない。だが親族の家で世代交代が進めば、インディルばあさんを養う義理は薄れてゆく。
それがドゥルガの祖母・インディルばあさんの境遇なのだそうです。インディルばあさんは、一夫多妻制の犠牲となった最後の世代と言えるでしょう。

作中ではカースト制が揺らいでいる時代なのがわかります。
下位カーストであっても裕福であればそれなりに相手にされるのです。反対に、たとえ家柄のいいバラモンであっても、貧しければ相手にされない。物語の背景に、うっすらと経済構造の変化に伴う身分社会構造の変化が伺えました。(2003/10/1)

備考:2008年2月、新装新版が刊行されました【Amazon】。

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