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ぼくは怖くない/ニコロ・アンマニーティ

ぼくは怖くない
ニコロ・アンマニーティ

My評価★★★☆

訳・解説:荒瀬ゆみこ
ハヤカワepi文庫(2002年12月)
ISBN4-15-120024-X 【Amazon
原題:IO NON HO PAURA(2001)


1978年、南イタリアのアックア・トラヴァルセ村。
村には4軒の家しかない。村の周囲には丘や森、金色に波打つ麦畑がどこまでも続いている。長閑な風景だけれど、どの家も貧しかった。それにこの夏は炎暑が続いていた。

9歳のミケーレは村の子どもたちと共に丘へ遠征する。丘から谷へ降りたところに廃屋を発見。
ミケーレが廃屋の中を探検することになった。
ミケーレは廃屋の裏に隠されていた洞穴を発見する。洞穴の中には鎖に繋がれた少年がいた!!少年は生きているのか死んでいるのか?
ミケーレは少年のことを誰にも話さず秘密にする。みつけた人のもの、それが子どもたちのルールだからだ。

家に戻ると、大好きなパパが出稼ぎから帰っていた。パパは、友だちがしばらく泊まりに来ると言う。その友だちはじいさんだった。以来、怪しげな男たちが家に出入するようになり、パパとマンマの様子がおかしい・・・。

********************

イタリアの作家ニコロ・アンマニーティ(1966年ローマ生まれ)はこの作品で、2001年にイタリアの文学賞「ヴィアレッジョ賞」を史上最年少の34歳で受賞したそうです。ちなみに歴代受賞者は、イタロ・カルヴィーノ、アントニオ・タブッキ、アルベルト・モラヴィアなど。

金色の麦畑に浮かぶ架空の地アックア・トラヴァルセでの事件が、成長したミケーレによって語られます。やがて物語は9歳時のミケーレの視点へと移行。
解説にもありますが、1978年はモロ前首相の誘拐殺人という、イタリア及び世界中を震撼させる衝撃的な事件が起こった年。物語とは直接には関係ないけれど、そういった不穏な社会情勢を踏まえているように思います。

ミケーレが発見した少年は誰なのか?なぜ村はずれの洞穴に繋がれているのか?ここがポイントとなるので、ミステリーと言えなくもないでしょう。ミステリーまたはサスペンスとしても読めるのですが、肝心なのは事件そのものではなく、人々の心の動き。
村の大人たちは、これまで異質なものを理解しようとせずに排除してきており、抜本的な問題から目を逸らして、本心やモラルを歪めて自己正当化しているんです。
一方、発見された少年に対するミケーレの言動が、大人たちと対比的に描かれています。ミケーレは身近な人々に裏切られながらも、歪められた論理や貧しさに惑わされず、澄んだ瞳で真実をみつめるのです。

ラストは決してハッピーエンドではないけれど、悲惨さは感じませんでした。全体的に苦さはなく、安堵感と言うかホッとする感じかな。
それは最後の最後でのミケーレの行動が、相手側の埋もれていた良心を目覚めさせるから。そしてミケーレが誰をも憎まないから。また、悪役さえどこか一点に、やさしさや悩みを抱えているからだと思います。(2003/3/21)

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