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ヤン川の舟唄/ロード・ダンセイニ

ヤン川の舟唄
ダンセイニ卿(ロード・ダンセイニ)

My評価★★★★

訳:原葵
国書刊行会・バベルの図書館26(1991年5月)
ISBN4-336-03046-4 【Amazon
原題:Idle Days on the Yann

収録作:潮が満ち引きする場所で/剣と偶像/カルカッソーネ/ヤン川の舟唄/野原/乞食の群れ/不幸交換会/旅籠の一夜


巻頭には訳者によるエッセイ「エルフランドの黄昏     ダンセイニの原風景」と、編者のホルヘ・ルイス・ボルヘスによる「序文」が収められています。

ダンセイニ卿(ロード・ダンセイニ)のフルネームは、エドワード・ジョン・モートン・ドラックス・プランケット(1878-1957)といい、アイルランドはダブリンの北方に位置するミーズ州の伯爵領生まれ。12歳時に男爵の称号を継承した第18代城主となったそうです。
南ア戦争と第一次世界大戦に従軍した軍人であり、同時にケルト的な幻想小説や詩、戯曲を著した。またチェスとクリケットの名手としても知られるそうです。

私はダンセイニは作家・戯曲家というよりも、第一に詩人であり幻視者だと思うのです。
プランケット一族は代々ケルトに住まわっており、従って作者もケルト文化に慣れ親しんでいたことでしょう。しかも旅好きで、多趣味であることから、広い視野でケルト世界をみつめているのではないかと想像します。
加えてインド文化圏などの東洋趣味や、交霊術による怪奇趣味などが、ケルト的世界に彩りを添えた幻想譚となって表われていると思います。

剣と偶像(The Sword and the Idol)
石器時代末期のある冬の夕暮れ。偶然に鉄を発見した男ロズは、それを剣とした。ロズは剣で部族間の争いを平定し、イズに取って替わって部族の支配者となる。
時は移り、ロズの一族のロドが剣の保持者・部族の支配者となり、イズの一族はイトの代になった。

ロドの一族を嫌うイトは、一人森の中で過ごすことが多かった。イトは森で自分を見つめた木を発見し、木を<カミ>と呼び、雷も飢饉もカミの御業であるとした。
カミを恐れた人々は、供物を捧げて崇め奉る。ロドは自分よりも崇敬されるカミに不満と疑念、そして恐れを抱く。
イトは犠牲(いけにえ)が充分ではない、カミは大きな犠牲を求めていると神託する。

********************

イズを見つめる木については、イギリスやアイルランドの伝承や妖精譚を知っている人ならばわかるでしょう。ただし通常の伝承や妖精譚では、人間は忌み嫌い恐れて近づかないのですが。
人間がカミとして崇め称えていることが、この作品の一風変わったところだと思います。また人間の歴史と深く関わっていることも。
畏怖の念には違いないけれど、恐れて拒否するのではなく、この作品では恐れつつ受け入れているんです。それまで目に見えなかった神を、目に見える<カミ>として、人間が生み出したことが重要なのでは。そこへ至る人間の心理こそが、ダンセイニ作品の特徴なのではないのかな。

カルカッソーネ(Carcassonne)
アーンの地を治めている若きカモラック王が祝宴をひらいた。人々は館へ集い、王と騎士たちの誉れを称える。
壁には、カモラック王の楯と忠節ガドリオルの武器に挟まれて「アレルオンの竪琴」が架かっていた。この竪琴こそ、王と騎士たちを勝利に導いたものであった。

宴で王は占い師に予言をさせる。予言は、王がカルカッソーネへ行き着くことは決してない・・・ということだった。
アレルオンは語る。カルカッソーネ、それは歌にうたわれる古の麗しき妖精の都。都には八千年生き続ける美しい魔女がおり、海から教わった世界で二番目に古い歌をうたう。魔女は大理石の風呂の底に逆巻く川を眺め、風呂に血の色が見えると山々で戦のあったことを知るという。しかしカルカッソーネを見た者はいない。

王と騎士たちは、自分たちがカルカッソーネに辿り着いてみせようと、勇んで旅立つ。彼らはアレルオンの奏でる竪琴に導かれて、南へと進路をとるが・・・。

********************

伝説の妖精郷を求める騎士たちの物語、つまり騎士による探求物語。
妖精郷が人間界と接していたが失われてしまう『エルフランドの王女』の後日譚のエピソードとも受け取れる作品。
しかし本作では、長い長い放浪ゆえに騎士たち自身も伝説と化してしまい、すべては黄昏のなかに埋もれてしまう。そして伝説が新たな伝説を生むのですが、やがてすべては黄昏のなかへ埋没するのでしょう。

騎士たちの探求は不毛と言えなくもないのですが、どこかしら詩情性を感じました。
また、彼ら姿は人間の本質を突いているような気がするんですよね。未知なる世界を求めて前へ前へと突き進む情動が、文明を推し進めてきたことと重なるように思いました。

本来はCarcassonne=カルカッソンヌとなり、ブルターニュ地方の都市と同名なのだそうですが、訳者は現実の都市と地上にはない都を区別すべく「カルカッソーネ」としたのだそうです。

ヤン川の舟唄(Idle Days on the Yann)
アイルランドから来た私は、「川島号」に乗せてもらってヤン川を旅する。船は「ヤンの関門」と呼ばれる海辺の岸壁まで行く。
宝石をはめ込んだ鞘に入った三日月刀を持つ船長は、麗しのベルズーンドより来たと言う。彼らの神は、位は低く小さくはあるが、飢餓や雷、怒りを鎮めるための戦争とは無縁であると言う。船員はそれぞれの信望する神に祈るが、異なる神への祈りに憤激する者はいない。

マンダルーン、アスタハンへと上陸した私は、各地で神と人々との不思議な関係を知る。
やがて船は名高き都市ペリドンダリスへ着き、船長は持ってきた品物を取引し始めた。夕刻になり、私は一人で都市を散策した。銀の寺院や縞瑪瑙の宮殿を見たあと、一本の象牙で造られた巨大な門を見た。
象牙の門のことを船長に話すと、それは以前にはなく人の手で造れるものでないため、自然に抜け落ちたのだと言う。謎の巨大な獣を恐れた私たちは、急ぎ都を離れた。

船は雪原を源とするイリリオンの流れが奏でる音色、険しいグロームの岩、イルージァンの山々を過ぎる。ネンの町では「さまよい人」が、七年に一度ムルーンの峰から降りて来ていた。
船はヤン川を下り続ける。

********************

起承転結のあるストーリーではなく、アイルランド人の私による船旅の印象記といった感じ。河なのだけれど、ときには南洋を思わせ、ときには北海地方をも思わせます。
すべては作者の想像の王国。主人公はエルフランドを希求しており、そんな心の状態が垣間見る世界でもあるような。
目に見える世界そのままではなく、主人公を通して見た世界が繰り広げられるのです。そのためか、薄青い闇のなかで淡い燭光を発しているようであり、神々と人間は人知を超えた不可思議なベールに包まれているかのよう。

不幸交換会(The Bureau d'Echange de Maux)
「万国不幸交換商会」という店は、パリの小さな通りに建っていた。この店ではお金を払って入店すると、誰かと不幸・不運・厄災を交換するという取り引きができる。
私はイギリスへ帰る前に、20フランを支払って入店した。私の小さな厄災の船酔いを、同じ程度の厄災と交換するためだった。
私は一週間の間、日に二度通って、守備よく同程度と思われる厄災を持つ者をみつけて、交換することができたのだが・・・。

********************

自分の厄災や不運がなくなったら・・・。せめてもうちょっとマシな厄災と交換できたら・・・。自分の厄災より、他人の厄災が軽いように思える、隣りの芝生の方が青く見える。
そんな人の心に、巧妙に取り入ったのが「万国不幸交換商会」。でも、本当に人の厄災は自分のそれよりもマシなのでしょうか?
厄災という形のないものをどうやって交換するのかわからないけれど、この作品はアイデア勝ちですね。

店主の老人の正体は語られませんが、人心を惑わす者であることには違いない。彼を悪魔と言うこともできるけれど、それではあまりにつまらなさすぎるので、ここは謎のままにしておきたい。(2002/4/20)

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