スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

斑布曲/孫愛玲

斑布曲(バンブーチゥ) 彩りの道
孫愛玲(Sun Ailing)

My評価★★★★

訳:井上聰
紀伊國屋書店・アジア女流作家シリーズ(1997年7月)
ISBN4-906510-93-0 【Amazon

収録作:斑布曲/碧螺十里香/緑緑楊柳風


孫愛玲(Sun Ailing)はシンガポールの現代女流作家。女性の視点から、多民族国家シンガポールに生きる女性を描いた作品集。3作とも一貫して、東南アジアにおける伝統文化のルーツを中国に求めているのですが、作者が中国系だからでしょう。
各作品は順に、台湾第1回海華雑誌文学賞、シンガポール第2回金獅子賞・全国書籍賞、シンガポール全国小説優秀賞を受賞とのこと。
各編とも邦題がついているのですが私にはピンとこなかったので、原題のみ挙げないでおきます。

シンガポールは小学校への就学率はほぼ100%(ただし義務教育ではなく、2003年から小学校6年制の義務教育を導入予定)、識字率92.5%(2000年調べ。調査機関は不明)。識字率の高さ(男女比はわからないけれど)から言って、彼女たちはシンガポールではごく平均的な女性像なのかも。
教養のある女性たちですが、作中からはいまだ社会的な抑圧を受けているのがわかります。特に家族や宗教的なしがらみは相当のもの。
しかし彼女たちは、人を傷つけてまでも自分が幸せになりたいとは思わない。変化は望むけれども、それが伝統や自己のアイデンティティの上に成り立ったものでなければいけないという姿勢が貫かれているんです。そのために自ら望んでしがらみに甘んじる。一概に、抑圧されているとは言い切れない部分があるんです。
家族制度が崩壊したり宗教的感覚が希薄な日本人から見ると、彼女たちの考え方は微妙に理解し難いような。民族性の違いを強く感じました。

各編とも、民族の伝統を守りながらも、多民族・多宗教・多言語社会の中で、どう生きるのか。人々はお互いの民族的差異を尊重して干渉することはないけれど、そんな人々を繋ぐものは何なのか、ということが探られているように思います。
それでいて難解ではなく、日本人の私でもわかりやすい。また、各編とも清涼感があり、美しいと言える作品集でした。

斑布曲(バンブーチゥ) 彩りの道
馬正宇(マアジェンユウ)は父亡き後にイギリスから帰国して、蝋けつ染めの工場を管理している中国人とアラブ人の血をひくマレー貴族の継母アイシャス、連れ子の姉妹サリナ、ハヤディの面倒を看ることになった。
馬正宇は実母亡き後ずっとイギリスにいたので、初めてアイシャス親子と暮らす。

やがて馬正宇はサリナと微妙な感情が流れる。血の繋がりのない二人の結婚は、サリナの属するイスラム教義では結婚できるのだが、馬正宇の中国社会では受け入れられない。アイシャスは二人の親密さを望んでおらず、しかも心に鬱積したものがあるため、サリナに辛くあたる。

馬正宇は仕事に打ち込み、彼女たちから蝋けつ染めについて学び、伝統を絶やさないようにして、海外の人々にも知って欲しいと考える。
そして彼女たちや父の書き遺した南洋の蝋けつ染め芸術史から、蝋けつ染めが中国の唐朝に始まり、宋朝には苗族の特産となり「斑布」と呼ばれ、苗族の末裔によって南洋に伝わり現在に至ることを知る。

********************

馬正宇とサリナの悲恋物語のように思ったのだけれど、ちょっと違うんですよね。
確かに悲恋なのですが、二人はどちらも自分たちの民族から離れる気はまったくない。さらにサリナは、母親アイシャスには自分が必要なのだと言いきる。だからと言って二人が、お互いや周囲を納得させようと衝突するわけでもない。
まず民族や家族が第一なのですが、それによって自分が犠牲になるという意識もなく、民族が異なるから恋愛や結婚の対象にならないことを、ごく当然のように振舞うんです。民族や家族の幸せがあり、彼らの幸せが個人の幸せでもある、ということでしょうか。良し悪しは別として、作者のように考える人もいるということ。
多民族・多宗教社会で人々を繋ぐのは、どの民族にも伝わっている斑布なのです。馬正宇とサリナのように、根本から溶け合うことが難しいけれども、斑布には民族を越えた想いが込められている。

碧螺十里香
十里は離れていてもその香りを嗅ぐことができると言い、かつては皇帝に献上されていた緑茶の逸品・碧螺春(ビルゥツゥン)。二祖母(アーズームゥ)はどんなときでも、この極上茶を欠かすことはなかった。
清朝末期、劇団の役者から湯(タン)家の第二夫人となった関鳳慈(グゥアンフォンツ)。彼女は夫の茶屋商売を助け、第一夫人とその子どもたちの世話をしていた。やがて第一夫人が亡くなり、革命が起きた。夫は革命党へ。関は6人の子どもたちを連れて香港へ亡命する。

1930年、シンガポールにいる夫から手紙が届いた。彼女は子どもたちを連れて、南シナ海を南下してシンガポールへ向かう。夫は日本軍がシンガポールを占領したときに亡くなった。
彼女は女手で子どもたちを教育し、さらに8人の孫も育てて教育した。しかし、いまは時代が変わり、孫たちには新しい知識が必要なことも理解していた。
彼女の心意気と風格は、碧螺春の香りとともに孫たちに受け継がれている。

********************

清朝末期から民国初頭の激動期に生きた波乱に満ちた女の一生。
幸せを求めているのに、周囲に頼られてばかりで自らは頼る者もなく、それでも毅然と子どもたちを育ててきた。
時節柄、粗雑な茶葉しか出回っていないにも関わらず碧螺春を求め続け、芝居が好きで見識が高く、誰からも尊敬された女。
碧螺春がどういうものかは知らないけれど、その香の如く凛然と楚々と、しかし華やかな女性像が想像されます。
余韻のあるラストの4行を読むとわかるのですが、彼女を憐れんではいけないでしょう。ラストにこそ、作者の真意があるのだと思います。

緑緑楊柳風
若くして夫を亡くした秦勤(チンチン)は悲嘆から立ち直るべく、幼い子どもを連れてシンガポールから香港へ向かい、学位を取得すべく2年間留学する。
彼女は、夫の指導教官だった雲(ユン)教授と夫人に受け入れられ、客員教授の韓逸文(ハンイーウン)と知り合う。秦勤と韓逸文は親しくなるけれども、秦勤はまだ夫のことが忘れられないし、夫を失った悲しみからも立ち直れないでいた。
やがて二人は結婚の約束をする。すでに礼教(孔子以後の儒教の流れの一つ。社会制度や学問を尊び、男女を区別した封建的な教え)に束縛されない時代となっていたので、秦勤は再婚できるのだが、亡き夫の母親は理解してくれても親戚の態度は冷たかった。
しかし、二人の行く手には思いも寄らぬ障害が待ち受けていた・・・。

********************

この作品で印象的なのは、秦勤の考え方。自己よりも家族を優先する忍耐強さ。彼女は幸せになりたいと望むけれど、皆が納得した上でなければいけない。そのためにはいつまでも待つことができる。ゴリ押しでの急激な変化を望んでいないんですね。
例えば日本人やアメリカ人だと、十年二十年先の幸せより、いまの幸せ、いま現在の変化を求めるのでは。しかし秦勤は、十年二十年先でもいいと考える。
このことは、私には諦めではなくて、タイムスパンの感覚が昨今の日本人とは異なるのだと思われるのです。その時間感覚は中国的な感覚のように感じられました。(2002/2/9)

アジア女流作家シリーズ(全5巻)
+斑布曲(バンブーチゥ) 彩りの道(孫愛玲,シンガポール)
廃墟の上に(テーハ・スリ・ラハユ・プリハトミ,インドネシア)
魔術師(グエン・ティ・トゥ・フェ,ヴェトナム)
世紀末の華やぎ(朱天文,台湾)
或る失踪(シン・ギョンスック,韓国)

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへにほんブログ村 本ブログ 海外文学へ

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

H2

Author:H2
My評価について
=1ポイント
=0.5ポイント
最高5ポイント

最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
FC2カウンター
検索フォーム
リンク
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。