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時計坂の家/高楼方子

時計坂の家
高楼方子

My評価★★★★★

カバー画・挿画:千葉史子
リブリオ出版(1992年10月)
ISBN4-89784-319-7 【Amazon


12歳のフー子は、いとこで同い年のマリカに誘われて、古い港町にある母の生家で夏休みを過ごすことになった。家は時計坂を登ったところにあり、祖父とお手伝いのリサさんが暮らしている。
マリカはおじいさんが苦手なので、母方の祖父母の家に滞在していた。

フー子は二階へ行く踊り場で、ふさがれたドアをみつけた。本来はどこかへ出られるようになっているのだけれど、どこへ?どうしてふさいだのか?
祖父は、ドアは物干し台に続いていたが、祖母スギノが落ちて亡くなったのでふさいだと言う。
フー子がふさがれたドアの前でボンヤリしていると、木枠に掛けられている錆びた懐中時計が変容し、ドアの向こうに緑の園が現れた!?どこからか歌声も聴こえる・・・。
フー子は園に魅せられて足を踏み入れるのが、園は迷路になっていた。どうしようもなく緑の園に惹きつけられるフー子。園の中心に、フー子を惹きつけて止まない何かがある?

ある日、フー子は親戚の少年・映介に誘われて、時計塔の資料館を見学。すると、祖父の家にあるものと全く同じ懐中時計が展示されていた。
懐中時計は、昭和初期にこの町に立ち寄ったロシア人の時計師チェルヌイシェフが作ったものだった。祖父の家の懐中時計は、祖母がチェルヌイシェフから貰ったものだという。
フー子は祖父の家の秘密を映介に打ち明けると、映介はチェルヌイシェフのことを調べ始める。
チェルヌイシェフと祖母の関係は?祖母の死の秘密とは?緑の園は何なのか、園の中心には何があるのか     

********************

危険があると知りつつも、焦がれるように緑の園に惹かれるフー子。自分ではどうしうよもないほど園に惹かれるフー子の気持ちがヒシヒシと伝わってきて、読んでいてグイグイ惹き込まれました。
フー子の惹かれる気持ちに共感できないと、本書の魅力が半減とまではいかなくても、かなり減るのではないかと思います。
こういった園は描写するのがとても難しいと思うのだけれど、作者は全体を細部までみっちり描写せずに雰囲気を醸し出しているように思います。
マツリカ(ジャスミン)の花咲き乱れる迷路、少女たちの歌声、マトリョーシカ(ロシアの民族人形)、スカーフ、懐中時計、時計塔など小道具が効いてますね。そしてROMという刻印の謎。次第にROMの謎が明らかになっていくところはミステリーぽい。

祖父が37年前の出来事を語り、「善しとしない」というセリフと態度が印象に残りました。しかし彼は、自分が善しとしなくても、他人にとってはそうではないことを理解している。誰もが自分と同じように受け止めるわけではないということを。
フー子は祖父の言葉を必ずしも理解できているわけではないと思うけれど、自分なりに受け止めます。

フー子のマリカに憧れる気持ち、しかし相手がそっけないことや、大人たちをどう思っているのかという気持ちもわかるのだけれど、私としてはフー子より、むしろ周囲の大人たちの心情の方に興味を惹かれました。フー子よりも、大人たちの方に主眼が置かれているように思われてならないんですよ。

女学校時代からのスギノの親友は、スギノに憧れに似た気持ちを抱いていた。だが生活環境が変わり、いつまでも女学生気分でいられない。スギノと町でバッタリ会ったときの彼女の心情が、とても正直に書かれているんです。
また、山田テル子が父親をどう思っていたのか、そして初めて父親の書いた文章を読んだ感想・・・。
誰もが過去の蓄積の上に現在を過ごしている。誰もが過去を完全に忘れることはできない。祖父のように、そのことにどう向き合って生きるのか。また山田テル子のように、長い歳月を経てわだかまりがどう解消されるのか。こういったことは大人だからこそ共感し、理解できると思うのです。
そんな大人たちの硬直してしまった時間が、フー子によってもう一度動き始めたかのよう。
この物語は子どもよりも、大人のほうが感慨深いものがあると思います。(2005/10/4)

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